「自分のことを正しく理解してほしいという願いは、たぶん、甘えだ」と、
あるブログ記事でよんで、すっと私のなかに入り込んだ感覚。
人前で話すのが苦手で
大勢を前にして話そうとすると自分が自分じゃなくなるように怖くなってきて
足はふるえる、汗がでてくる、緊張で逃げ出したくなる。
そんな私は
ただ目の前にいるひとたちみんなに理解してほしい、なんて
甘えたことを思いながら必死に自分の意見を恐る恐る伝えようとしていたんだ。
そりゃこわいよな、
正しく理解してほしいと強くおもえばおもうほど
もし認められなかったら、拒絶されたら、ちゃんと理解されなかったら
なんてどれもこれも甘えた考えの産物で
私のなかのいらないプライドはどんどんふくらんでいくし
楽観的な考え方をする余裕もなくなってくるし
そうなると最悪の場合ばかり想像しはじめる。結果、
この怖さ。
原因は自分のなかにある、ってほんとだなぁとつくづく思います。
考え方ひとつ。
「ひとに理解を求めるよりも、天に恥じない覚悟を決めれば、自然と心は落ち着くはずだ。」(ツイッターより転載)
本当の意味で理解されることなんて、一生ないのだと思う。
理解してもらうために生きるんじゃなく、
わかりあえないことをわかって生きる方を選ぶ。
そうやって、選べる自由はいつもここにある。
必要なのは、天に恥じない覚悟だけ。

これから人前で話すことが一気に増えていく予定で、
そんなときだったからこそありがたい気づきで感謝です。
これは誰にも正しくは理解されないだろうけど、それでもいいので
とにかく私の覚悟とその結果をそのまんま意見として述べさせていただきます!!!
くらいの気持ちでひとつひとつ挑みたいとおもいます!!!
少しずつ、怖れを感じきることもしながら
それとは闘わず
目の前の題材に向き合って
その瞬間の私のまんまで
それが許される許されない関係なしに
私の言葉にできるように、
これから精進します!(*゚ー゚*)