なんとなくふと思い出したので書いてみます。
去年2013年6月
ガンで治療していた母方のじいちゃん。
実家の2軒先に住んでいたので、割と子供の頃から懐いてたと思う。
いよいよ容態が悪いということで入院をして、兄からしつこいくらい「今お見舞いに会いにこなかったら一生会えないぞ!」と感情的な連絡が頻繁に来ていた。
私は人が亡くなることにそんなに重大さを感じない。
というか、今までお葬式は中学生の頃に友人の父親が亡くなって二度程しか行ったことなかったし、身内が亡くなったことがなかったからよくわからなかった。
母子家庭なもので平日は仕事いかなきゃ生活がかかっているし、初夏と言っても結構暑い日が続いていて身重で電車二時間の距離にアレルギっ子の長女を連れて危篤の人のお見舞いに日帰りで行くのが辛かった。
で、危篤になって一週間くらい先の日曜日、渋々お見舞いに行くことにした。
朝一で病院に行って、眠っているじいちゃん。
心拍はちゃんとある。
ガリガリに骨のようになった身体が、老衰と病気ダブルパンチを食らったんだなぁと思った。
待っていた母と長女と三人で個室のベッド際でじいちゃんに話しかけてみた。
私「久しぶり。まめ太だよ。会いに来たよ。」
長女「こんにちは。はじめまして。」
蝋人形みたいな手を握った。
長女は病室に置いてあったバナナを食べようと皮を剥いていた。
すると看護師さんがバタバタと入って来た。
直ぐに医師が入って来た。
看護師「ご家族の方を呼んでください。」
聞いた瞬間はよくわけがわからなかった。
けど、すぐにわかった。今亡くなったみたい。
母が叔母と叔父に電話してとりあえず叔母が30分くらいでやってきた。
母と叔母の前で医師がペンライトで瞳孔と脈を確認して「○時○分 ご臨終です」と。
ドラマで見たやつだ!
なんて不謹慎にも思った。
泣く人はいなくて、
「がんばって長女ちゃんと会えるの待ってたんだね。もういいんだって。ゆっくり休みな。」
この時初めて、じいちゃんは長女に会ったことがなかったんだと知った。
じいちゃん家には産後何度か行ったけど、そういえばじいちゃん不在だったなぁ。
その後長女は親戚内で死神と名付けられたw
で、その翌日、母の兄弟とその家族、ばあちゃんと何人かのじいちゃんの兄弟が来て家族葬をすることに。
家族葬と言っても火葬場集合!現地解散!みたいな感じ。
喪服ない!と言ったら、そのままでいんじゃね?と、喪主。デニムに花柄のオフショルシャツは浮いてたよ。と言いたいとこだけど、皆私服。結構派手目w
なんとか会館みたいなところのロビーで談笑しながら順番待ち。
母はビール飲んでたなwビールは水ですって言ってたww
従兄弟が立派な高給取りになってて焦った。
従兄弟の子供や奥さんとははじめまして。
20年振りくらいに集まったので色々話した。
そうこうしてるとばあちゃんが車椅子で登場。
数年前に見たばあちゃんは二本足で歩いて、愚痴も言えばひ孫のことを可愛がってくれた。話もそこそこしっかりしてた。
けど、今は痴呆が進んで自力で歩行は愚か、トイレも行けない。小火を起こしたり、排泄物まみれになったりしてたらしい。
叔母が頻繁にばあちゃん家に出入りするようになり、デイサービスで慣らし保育するようになったようです。
じいちゃんの死よりもばあちゃんの状況の方が衝撃的だった。
火葬場の順番が回ってきて、燃やして、お骨を箸で摘まむ。
初体験。
私は叔母と摘まんだ気がする。
そのあとは従兄弟と叔父と兄弟でサイゼで軽食。
母の家に戻りもう一泊。
と思ったら今度は長女が喘息の発作。
医大の夜間救急外来に駆け込んで、吸入してもらって母の家に帰った。
こんな感じでした。
泣くことはなかったし、泣きじゃくる人もいなかった。
でもじいちゃんはそこそこ人様から尊敬されるような人生を謳歌してきて、家族からも好かれてました。
みんな「お疲れ様」って言ってたな。
安らかに眠りについた、この言葉があっているな、と死顔を見て思いました。
人が亡くなること、きっと悲しいことなんだろうけど今だに悲しいことと捉えられない私は酷い人間なのかな。