タマユラ  

タマユラ  

5人と4匹の暮らしから、想定外の妊娠で4人目を身ごもってます。日々の色々を日記程度に書いていきたいと思います。

Amebaでブログを始めよう!
7月9日の朝のこと(らしい)、朝から降っていた雨が強くなってきたから、ちゅんのサッカーの練習が終わるよ、とメールが来た(らしい)。
仕方ないから急いでお迎えの準備をした(だろうなぁ)。で、出発して、出産した病院まであと5分くらいってとこでお巡りさんに一時不停止で止められたらしい。
何でか知らんが見逃されたらしい。
事故はその直後起こったらしい。
わたしは意識を失っていて信号で止まっていた対向車にゆーっくりぶつかっていったそうな。
この時点で相手の車の人はわたしに意識がないだろうことがわかったらしい。
そして、普通なら車からすぐ降りてくるだろうところを降りてこないし、見た感じどーやら死んでるから窓を割って鍵を開けて私を取り出したそうな。
そこで、心肺停止が確認されたらしい。
警察官が側にいたのですぐに救急車がきたらしい。でも心肺停止から10分くらい経ってたらしい(らしい以下省略)。
で、AED?ドラマとかでよく見るような胸に当ててドーンてなるやつを4回やって何とわたしは戻ることができた!
そして
救急車で出産した病院に運ばれた。

夫が来て、父が来て、状況を先生に説明された。
心肺停止していた時間が長かったのでこれからどうなるかわかりません。このまま死んじゃうかもしれないし、生きてても植物状態、目を覚ましても何らかの障害が残るでしょう。原因は不正脈による心臓発作です。と。

夫は困ったそうな。
赤子と3人の子供たちを1人でどうやって面倒みていけばいーんだ⁇って。
泣かなかったなんてひどいわ!

で、そこから低体温療法をして3日目にして目が覚めたそうな。
目を覚ましても、ぼんやりしてて、夫はもうだめだって思ったらしい。

しかし、わたしは復活しました( ̄▽ ̄)

わたし自身の記憶があるのは20日くらいから。一般病棟に移ってから。
で、月末にペースメーカーいれて、毎日リハビリ(´Д` )ペースメーカーいれて1週間経ったからリハビリの為に家から車での5分くらいの市民病院に移って現在に至るわけです。
リハビリと言っても体力と記憶が少々ないだけで奇跡的に何の障害も残ってません。

体力はないけど、記憶もはっきりしてきたしもうお家にかえりたいよぅ。お家に帰らないと何を忘れてしまったのかもわからない。
転院する間、1泊だけお家に帰りました。
自分の持ってる服、殆ど憶えてなくて好きな服がたくさんあって嬉しかった。

子供たちはというと、わたしの叔母やら夫のお母さんやらが来て何日も泊まってくれて元気にやってます。夫の厳しい教育によって色々1人でできるようになったみたい。わたしがいなくて泣いちゃう子はいないようです。
赤子さえ、どうやったのか、まだ3カ月なのに朝まで寝てくれるのです。
今は病院まで歩けるので見舞いに歩いてやってきます。
リハビリがうまくいけばあと10日くらいで脱出できるようです。

4月30日、母子ともに退院することができました。


それから24時間1週間ず~~~っと赤子と過ごしてます。


なんて気楽な日々なんでしょう。


第一子の時には想像もつかなかったでしょう気楽さです。


なんせあの頃は若かった。


きれいでいたいとか、遊びたいとか、もっと仕事したいとか、色々ありました。


赤子がなきやまないとか、風呂に入れないとか、ご飯が作れないとか食べれないとか、乳がでないとか。




あ~~~~~

ほんと今幸せだわぁ。。。。


今まで必死こいて頑張ってきてよかったわぁ。。。。。。



そしていい時代だわぁ。


スマホ、超便利。


胎内音、すげぇ泣きやむ。


買い物、なんでもできる。


動画だってなんでも観れる。





泣きたきゃ泣けばいい、こっちは全然へーきだぜ?という心の余裕。


乳が出なけりゃミルクを飲めばいいんだぜ?(今回は泉のごとく出ますが)


ご飯がなければ、みんなでお買いものに行けばいい。


風呂に入れなければ、気にしなければいい。




ばばぁできみにはかわいそうかもだけど、


ばばぁは余裕を持ってきみをかわいがれそうだ。


ねぇさんがたもにぃさんがたも、ずっと、きみには優しくしてくれるだろう。


きっときみはしあわせになれる。


安心して大きくなっておくれ。





わたしのこんなロングバケーションもすぐに終わってしまうだろう。


だからきみが寝てる時間は全力で海外ドラマを観ることにするよ。





出産から4日経ちました。

いつも出産する際、安全第一に病院を選んできました。
母体に何かあってもすぐ対応できること。
勿論、赤子に何かあってもすぐ対応できること。
次に母子同室。
次に距離。
次にお値段。

くらいでしょうか。

豪華だとか、ゴハンが美味いとか、全く気にしません。
どーーせ、乳やって寝て飯食っての繰り返しするだけです。
とにかく回復と赤子と仲良くなることを目的とする入院期間なので最低限でいいとわたしは思います。
病院食、美味しくないって言われてるけど、寝てて勝手に出てきて、勝手に下げてくれて、栄養あって、390円‼︎
素晴らしいじゃないですか(≧∇≦)
家にいてこんな素敵なことは絶対に起きません!そして、全然美味しく頂いてます!



って、話がどんどん逸れていってしまいました^^;

一過性多呼吸でしたね。


4日前に誕生した次男ですが、生まれてすぐにNICUに運ばれていきました。

すぐに泣いたのですが、生まれて安堵し朦朧とする中、小児科の先生や看護師さん達がバタバタしてます。
「いつから心拍落ちてたの⁉︎」
とか、「これじゃぁ苦しい」とか、不安になる言葉が幾つも(O_O)

看護師さんに「赤ちゃん大丈夫ですか?」って聞いても「今、小児科の先生が診てますからね」としか言わない。
誰に聞いても同じ。
誰も大丈夫とは言わない。

パパに聞くと、大丈夫だよー、泣いてるじゃん、と。

でも、でもーー(/ _ ; )


しばらく分娩台の上で休んでると
「赤ちゃん、ちょっと呼吸が苦しいみたいで今小児科の先生が診てるんですけど、とりあえず他も全部検査しますので、2時間後に結果をお話ししますね」と。
そして、ちょっとだけ赤子を連れてきて腕に抱かせてくれた。
この時私は起き上がる力がなかったので顔は見れなかった。
パパが写メを撮ってくれた。
後で見たら、わたしはジャバザハットのようだった(´Д` )初のツーショットなのに(/ _ ; )

長い長い2時間だった。
実際は3時間半くらいかかったので、本当に長かったのだが。


「小児科の先生からお話しがあります。全部で2時間か3時間かかるんですけど、お時間大丈夫ですか⁇」と。

もーーー大ショックですよヽ(;▽;)ノ

「そんなにかかるって、やばいってことですよね?」

と看護師さんに聞くと

「入院の説明から手続きまで全部ありますので、ただの黄疸でもそれくらいかかっちゃうんですよ」

と。


とりあえずオットが説明を聞きに出て行った。

わたしは回復のため別室へ。

でも結局スマホでググるだけなので看護師さんに説明してる部屋まで連れて行ってもらった。


貧血と疲れの中説明を聞いた。


簡単に言うと、赤子の肺の中に溜まっていた羊水が、出てくるときに排水し切れずに出てきてしまい、大人で言うと1リットルくらい肺に水が入ってる感じかな。

で、それが完全に体内に吸収されて自分で上手く息出来るようになったら退院できるよ。

多分1週間から10日かな。


ちょーーーーーひとあんしん。。。。



母子同室は叶わなかったけど、何とか入院生活が始まりました。

生みました~( ̄▽ ̄)

痛いです、痛かったです(/ _ ; )


未来のわたしの為に忘れないうちに書いときます。


24日の夜くらいから結構痛みだして、明日だな、と覚悟。
寝ていて、深夜3時頃規則的になってきたのを確認。
おや、8分間隔くらいかな。
朝までもつかな、今行ったら深夜料金かな、朝まで寝たいな、朝だと渋滞はまるかな…

なんてくだらないこと考えていられたのもそこまで(`_´)ゞ
股からなんか出た!破水っぽいな。

もぞもぞトイレに移動。
そこで衝撃的な光景が!(◎_◎;)

心から想定外の大出血!(◎_◎;)



あわわわわわゎゎゎゎ…

で、でんわ、でんわ……

あわあわしながら病院に電話。

状況を説明するとすぐにおいで、と。
なぜかリビングで寝ていた長女がもぞもぞ起きて、「なに、生まれるの?」と。

とりあえず、必要なものは全部車に乗せてあるからとにかくオットを起こさないと。

ち、血がやばいから病院連れてって!

おぅ。すぐ用意する。


長女に下の2人のことを任せてすぐ出発。
深夜なので昼だと40分前後かかる道のりを20分で到着。

病院下のコンビニでパンと飲み物を買い込んだ。


病棟に到着して、名前を告げるとすぐ分娩室に通された。
前回は大改装される前で狭ーぃ分娩室だったのが3倍くらいになってる!
そんな分娩室が幾つかあった。

分娩台に上げられると、とりあえず分娩監視装置?みたいの腹に巻かれて、内診→超音波。

子宮口7センチ、赤ちゃん元気です。
出血してる場所は、赤ちゃんの陰になってて超音波では見えないけど、多分胎盤。
破水も混じってるかもしれない。
赤ちゃんの元気がなくなればすぐに帝王切開にします。もう準備してあるのですぐに始められるので安心してください。
とりあえずは赤ちゃんが元気なので、このまま普通分娩を予定しています。


ここでやっと、一安心(´Д` )


でも、いつ帝王切開になるのかわからないので飲食禁止です。

( ゚д゚)


最後の飲食は昨夜8時頃だったと思う。
食べるのは仕方ないにしても、飲むことができないで陣痛と戦うのか……。


その時5時位。4~5分の間隔で陣痛。
それから10時位まで変わらず。
耐えられない程でもなく、起きれる程でもなく。

オットはそこまでの間に、家と仕事の電話と必要なとこへの連絡の為に何度か部屋から出ていただけで、ずっと手を握っていてくれました。多分笑。

9時位から朦朧とし出して、眠いだけなのか、出血の為に意識が遠くなってるのかよくわからなくなっていたのです。
それ位の時間になると促進剤の話をされました。
赤ちゃんは元気なんだけど、このまま陣痛が長引くとお母さんの体力が心配なので、促進剤を少量づつ流していきましょうね。
血液検査の結果が出次第始めます。

で、10時25分頃、促進剤開始。

オットが仕事の電話を一本したいと出て行く

27分頃突然すごい陣痛が来て、内診中に破水

即、分娩準備が始まってわらわらと助産師さん、産科医、小児科医が集まってきた

声出さないでー!いきんで!
顔起こしてー!お腹見て!
赤ちゃんすぐ出ますよー!
あれ?立会いだよね?
おとーさんは?
どーする?まつ?

待ちません‼︎無理です‼︎

じゃぁ、このままいっちゃいますよ?

全然OKです‼︎

いきんでー‼︎
もっともっと!

はい、頭出たからもーいーよー!

うにゃーー

10時35分、第4子、誕生しました(´Д` )‼︎


まじ限界の時間およそ10分‼︎
あまりの速さに最後はなんの冷静さもありませんでした。
4回のお産で初めて声出さずにいられなかったし、破水からの時間が短すぎてばばぁにはついていけませんでした(O_O)

結局オットは分娩室の外で生まれた直後位に戻っていたらしいです。
胎盤が出て、お股ちくちくして、オットが入ってきて、すぐ戻ってきたのに間に合わなかったなぁ~って笑。
確かにすぐだったね。
促進剤、すごすぎ笑。
1効く人から100効く人までいて、人によって効き方が全然違うらしいです。
だから少しづつだったんだけど、わたしの場合爆効きでしたね(O_O)


心配していた出血も中量で済み、とりあえず母子共に元気です。


とりあえず、出産記録でした。


2回目の練習、行ってきました。

次回から電車で1人で行ってもらう為に、予定日まで3日ってゆーのに、電車に揺られ、駅から必死こいて歩いて現地に向かいました囧rz
破水さえしなければ大丈夫なわけで。
なんとか到着、腹ぱんぱん囧rz

現地まであと5分くらいになったところで、ちゅんに、ママ、もうこの速さでは歩けない。コーヒーも飲みたい。先に行きな。あの交差点曲がればグラウンド、見えるから。と言って先に行かせました(´・Д・)」
そして、私もコーヒー買ってなんとか到着。
もう何の心残りもなく出産に挑むことができます。


2度目のアドバンス。
観ていて気持ちが良かったです。
先週同様必死にハードワークしてました。

コーチが褒め上手!
普段なら普通のこと過ぎて褒められないことも盛大に褒められる。
最近褒められ慣れてないので、気持ちいいだろな笑。
多分、周りのみんなも一緒で、テンションが上がってきたところでゲーム。
雨の中、みんな頑張ってました。

一生懸命やることを楽しめることが大事。


帰りはパパと次女のぷりぷりが車でお迎えに来ました。
帰りの車で、ちゅん、今日はどうだった?
と聞くと、
楽しかった。アドバンスではすごく気持ち良くサッカーができる。
みんな変なことしないし、いて欲しいところにいてくれるし、裏に走って欲しい時もちゃんと走ってくれる。イライラしない。
的なことを言ってました。

普段のチームでは、ちゅんが考えていることを共有できる子が同学年にはいません。
一つ上にも1人しかいません。
スクールでの練習だと何人かいて楽しいみたいだけど。


サッカーは個人競技ではないんだなぁ、と当たり前のことをしみじみ考えちゃいます。