久しぶりに来てみた。パスワード忘れるぐらい久しぶりw

最近も推し活で充実した日々を送ると共に御朱印集めにもハマってる…

そしてもう終わったけどイケナイ関係も経験した。色々あったな…

まーた久しぶりにw

しかしこのブログ需要あるのかな?

何も楽しい事ないのに…

今は推し活で忙しい日々😂

画像横…

ログインパス忘れる程久しぶりw

4月になりましたね。

新生活が始まる方も。こんな時代だから、いつもより不安な事もあるかもしれません。でもどれも貴重な経験になります。焦らず自分のペースで花を咲かせていってください。皆様にとって素敵な出会いがありますように。


下ばかり向いてると見えない事も。
辛くても悲しくても顔を上げて上を向いてごらん。
何処までも続く空。
ゆっくり深呼吸…ほら、自分の悩みが小さく感じてくるよ。
それでもダメなら逃げても良いじゃん。
無理に戦う必要なんてない。
逃げるな!って言う人。貴方は生まれてから一度も逃げずに全て戦ってきたの?
一度しかない人生。楽しまないと損。
そんな余裕無いって人。まずは上を向いてみて。すぐには変わらないかもしれないけど、少しづつ…少しづつだけど何か変わるかもしれないよ。

ずーっとほったらかしにしておいた。久しぶりに読んだら…でもこの続きこれから書けたら良いなー。
約10年間放置してたからその間にも色々あったし。

写メを交換してからも何一つ変わらず接するキミに会いたいという気持ちはどんどん高まっていった。この時恥ずかしいけど私は学生時代元気だった頃のようなトキメキを感じていた。一日の中でキミの事を考える時間が凄く長くなった。メールの返信が遅れるとなんだか寂しさも湧いてきた。メールで知り合った健康なキミ。しかも年下。高校生。

それに比べ私は病気持ちの20歳の引きこもり女。つり合わないのは分かっている。でも・・・・会いたい!!と強く思うようになってしまった。


それは1月の中旬突然だった。いつものようにメールをしていると、「一度会って話してみたい」とキミからのメール。正直びっくりしたけどなんだか嬉しかった。こんな私でも会いたいと思ってくれるなんて・・・・。

でも・・・私は外に出るのが恐い。この頃少し病状は良くなっていたけど、電車なんてまだまだ乗れないし、最寄の駅に行くのが精一杯だった。キミの住む街は私の家から電車で約1時間半だった。


「正直私も会ってみたい」・・・・自分で返信しておきながらこんな事を言った自分に驚いた。出会い系やネットでの犯罪が多い社会で、会うということがどれだけ危険なことか。そして電車にも乗れない私が何処で会うのかと。


「ごめんなさい。会いたいけどやっぱり会えない」


「どうして?」


「僕が恐い?」


「正直ちょっと恐い。それに会うって言っても何処で会うの?」


「恐いのは仕方ないね。どうしたら恐くなくなる?僕は一人で陽菜さんは友達と一緒でも大丈夫だよ。そうしたら恐くないよね?場所は・・・・体調が悪いのは分かってるから陽菜さんの家の最寄の駅まで僕が行きます。」


そのメールを見た時私の中で何かが弾けた。興味本位から始まった出会いだけど、私にはとても楽しい時間をくれたキミを信じたいと思った。



「大丈夫。私一人で会うよ。場所は私の家の最寄の駅でお願いします」


「本当?やったぁ!!じゃあ次の土曜日学校休みだし会いに行くよ。」


「うん。でも体調が悪くなったらドタキャンするかも・・・・」


「大丈夫。病気の事は沢山聞いたし、ドタキャンしても全然構わないよ。」






こうしてネットで知り合い約半年・・・・実際に会うことになった。


不安と期待で病気の症状とは別に私は当日まで眠れない夜が続いた。


そして運命の日が来るのだった。

それからパソコンでのメールのやり取りが続いた。毎日が楽しくなった。キミも飽きずに私の話を聞いてくれて、周りから取り残されたような気になっていた私はとても嬉しかった。顔も知らない相手に・・・・知らないからかもしれないけど、沢山、沢山色んなことを話した。病気になって辛いことなど。その頃の私は「頑張れ」という言葉が大嫌いだった。もう十分頑張っているのにこれ以上頑張れないよって・・・。キミは一度も頑張れって言葉をメールのやり取りの中で使わなかった。無理しないでいい、自分のペースでいいんだよって。そのメールを読むたびに心が落ち着いた。


でも、何故私とメールを?と聞いた時「興味本位」とキミは言ったね。興味本位・・・やっぱりそんなもんかぁと思ったけど、私は楽しかったし、メールだけのやり取りなのでそれでも良かった。初めてメールを交換してから4ヶ月くらい経った時、ケータイのアドレスを教えてくださいと言われた。今まではパソコンのコミュ内だったのでお互いの連絡先は一切知らなかった。今までの私なら抵抗があったけど何故かキミにはすぐに教えた。そしてパソコンからケータイでのやり取りに変わった。


ケータイに変わったらちょっとは予想していたけど、「写メの交換をしたい」と言われた。正直やっぱり顔なんだな~と思ったけど、ダメ元で私は送った。そしてキミの写メと一緒に返信が。「可愛いですね」と。思ってもいなかった言葉だったので、正直びっくりした。そしてキミはお世辞にも真面目とは思えないような外見で今時の高校生だった。モテるだろうなぁと。何故こんな子が?と思った。からかわれているのかなとも思った。でも写メを交換してからもキミの態度は変わらず、今までと同じで楽しいメールの交換がしばらく続いた。


私は興味本位でもからかわれていてもいいから、メールを続けたいと思うようになっていた。そして・・・直接会ってみたいとも思った。



「初めまして、パニック障害になり約1年になる陽菜です。同じ悩みを抱えてる方色々話して、ゆっくり治していきませんか?ぜひお友達になってください」



これが私が書き込んだ内容。いたってシンプル。メッセージは沢山来た。特に男性から。でもなんか思っていたようなメッセージではなく、すぐに会いたいとかアドレスを交換しよう、写メを交換しようとか(出会い系と勘違いしてる)。後はあまりにも暗すぎて何度かメッセージをやり取りしている間に、もう死にます・・・。とか言う人など。

私は苦しいけど同じ悩みを抱えながら支え合っていける人を探していたので、正直その後あまりこのサイトを利用することはなくなった。



しかし家から出ることの少ない毎日。たまに遊びに来てくれる友達が帰った後その友達たちからどんどん取り残されていく様な気がして凄く寂しかった。必然的にパソコンが私の友達になった。そして久しぶりにサイトを見ると「初めまして。ぜひ詳しくお話を聞かせてください」とだけ短い文でメッセージが来ていた。

今まではダラダラと自分の事を書く人が多かったので、なんだかちょっと気になり私はメッセージを返した。

「パニック障害といって、電車だったり飛行機だったり逃げられない空間が苦手なんです。レジでの行列なども苦手で、呼吸が苦しくなって・・・・・・・・・・・・・」私は自分の体験してきた事、一般的な症状を伝えた。



「そうなんだ、大変だね。でもよくなるんでしょ?もっと色々聞きたいです」



「あの・・・キミはどんな症状?パニック障害ではないの?」



「何処も悪くないです」





!!!!私はびっくりした。このサイトは何かしら心に病を抱えてる人か、自称医者と名乗る人が書き込んでいる人しか知らなかったので、病気でない人が何故?と。また出会い目的?とも思ったけど何度かメッセージをやり取りしていると、病気の話をしなくなり、普通のたわいもない話に変っていった。そして会いたいとも言わないし、写メの交換も特に希望してこなかった。パソコンだけの繫がりだけどなんだかとても楽しかった。



「名前は?」



「裕也です」



「歳は?」



「18」



18!そう知り合った時キミは高校三年生だった。私は20歳。ちょっと戸惑ったけど、なかなか外に出ることのない私に沢山おもしろい話や夢を語るキミはとても素敵だった。

ある日の通勤途中、突然車内で呼吸が苦しくなり、手足も痺れてきた。ヤバイと思い途中の駅で降りしばらくベンチに座っていました。その後なにもなかったかのように良くなったので、会社に行きました。



しかしこれが始まりでした。その後も行き帰りの車内で突然苦しくなるんです。そんな状態が2ヶ月程続き会社に行くのが段々嫌になり、しばらくお休みを頂く事にしました。



原因が分からないので、何処の病院に行ったら良いのか親は困っていましたが、以前テレビで同じような症状を特集しているのを私は見たことがあったので、迷わず「精神科か心療内科に行く」と言いました。親はびっくりしてました。何があったんだろうと。



病院に行くと私の予想は当たってました。診断結果は「パニック障害」その後私は自宅の玄関からポストに行くのすら恐くなり、ほとんど家から出られなくなりました。また発作が起きたらどうしよう・・・と思うと外に出るのが凄く恐いのです。家に居ても発作は起きるのですがやはり外に出る恐怖を考えると少しは楽でした。



会社はお休みを頂いたまま退社しました。約1年しか勤める事が出来ず凄く悔しい思いもありました。同期や先輩はとても良い人で、休んでいる間も手紙や、本を送ってくれました。



しかし、自宅から出ることの出来ない私にとっては仕方のない選択肢でした。それからは不安と発作の繰り返す日々です。毎日泣いてました。どうして私が・・・と。親も凄く疲れていました。何でもない時は元気なので本当に病気なのか?と。ただ怠けているだけなのではないかと。そう思われるのは凄く嫌でしたが、だんだん親も本を買って勉強して理解してくれるようになりました。



この病気になり一番悩んだのが病気になったことを友達に伝えるかです。心療内科に通ってるなんて知られたら、頭がおかしいとか思われるんじゃないかとか離れて行ってしまうんじゃないかと。しかし実際打ち明けてみると「陽菜(ヒナ)は何があっても陽菜だよって」言ってくれました。少しでも離れて行くかもと考えた私は反省しました。元々そんな事を言う友達ではないのに・・・。凄く申し訳なく思いました。



会社を辞め、社会から孤立し、少しづつ体調が良くなりちょっとなら外に出られるようになった頃私はあるコミュニティーに自分の事を投稿しました。同じメンタル系の病気を抱える人が集まるサイトです。



そこで同じ悩みを抱える友達と出会い、そしてその中にキミが居た。今でも不思議に思う。どうしてこのサイトに居たのか・・・だってキミはメンタル系の病気を抱えてる訳でもなく健康な人だったから・・・。




「変わらないと言わせてごめんね」これがキミからの最後の言葉になった。



私の目からは涙が溢れる。

























同じ時間にホームに到着する電車。決まった車両に乗り、同じ人が座っている席の前に立つ私。



これから約1時間強満員電車に揺られ会社へ向かう。ある駅まで行くと前に座っている人が降りるので半分は座っていける。途中から地下に入るので座ったら大抵は下車するまで寝る。会社に着いたら適当に嫌いな上司と話を交わし、仕事。同期と女性の先輩達はみんな良い人で大好き。

お昼は同期と先輩達とガールズトーク。ガールズトークと言えばやっぱり恋の話が多い。でも私はみんなの話をほとんど聞くだけで、特に自分の事を話すことはない。



別に恋をしたことがないわけではない。彼氏が居たこともある。けど、凄くドキドキする訳でもなく、友達に紹介されなんとなく付き合うとか。でも今はフリー。話題はやっぱり彼氏が居る子になる。

「最近はどうなの?」「上手くいってる?」「前の彼と比べてどう?(笑)」

「実はケンカしちゃって・・・・・・」「元彼のほうが良かったかも」など、よくあるガールズトーク。

こんな会話をいつも聞きながら、ときに相槌を打ったり私も質問したりしながらお弁当を食べる。



お昼が終われば仕事は定時に終わらせ、同じ電車、決まった車両に乗って帰宅。帰りは乗る駅から座ることが出来る。この帰りの時間が結構好きだった。電車の振動がとても心地良かった。



実家暮らしなので家に着いたらご飯を食べ、お風呂に入って後は自分の時間。これといった趣味はないけど、音楽を聴くのは好きで、寝るまでの間MDコンポで好きな曲を聴く。



お休みの日は時間が合えば友達と遊ぶ。合わなければ自宅で過ごすか、近所をフラフラと散歩。

高校を卒業してすぐ就職し、まだ1年目の私は毎日この繰り返しだった。凄い不満があるわけではないけど、同年代の進学した友達の事はちょっと羨ましかった。試験が面倒とか言ってたけど、サークルに入り仲間と話しながら帰宅、合宿など楽しい夏休みを満喫。好きな時だけバイトをするとか・・・・・。学生にも学生なりの大変さはあるのだろうけど、私の目からみればみんな輝いて見えた。

そんな中私はただただ刺激のない日々を過ごしていた。





そう・・・キミと出会うまでは・・・・