11年前の3月11日、私は大学1年生でした。とっくに春休みに入り、サークル活動もオフの期間で「来年からうちらも先輩か〜」なんて思いながら春休みを満喫。あの日の午後は友達と3人でカラオケをしていました🎤


漫画も読み放題のカラオケだったので、3人とも歌い疲れて途中から漫画を読んでいました笑

その最中、なんだか揺れているような気がして、

(誰だよ貧乏ゆすりしてるやつ…)と思っていました。友達が携帯を開くと(当時まだガラケーだったな)

「やばい!実家の方震度5だって!!!」と言ったのを覚えています。その子は関東出身でした。


ちなみに、あとの2人は揺れている感覚を(目眩かな…)と思ったそうなので、唯一誰か貧乏ゆすりしていると人のせいにした私は自己中なんだな…と思いました…。


友達の発言を聞いて自分も携帯を開くと、東北が恐ろしいことになっていることを知りました。勝手にモニターの入力画面を切り替えてテレビをつけたら、建物から煙が出ていたり津波であらゆるものが流されている映像…。これは現実に起きていることなのかと、3人で呆然と眺めていました。


当時住んでいた場所は東北から離れていたので、震度2かそのくらいの揺れだったのですが、海が近い場所だったので、その日の夜は怖くて怖くて友達と3階の私のアパートで寝泊まりしました。


翌日、日本中の至る所で震度6レベルの地震が起こり、そのうちの1つの場所が実家と近かったので、大丈夫か!?!?と心配しましたが、震度4か5弱くらいだったそうです。この地震の影響で、実家の居間の引き戸は未だに歪んで開かない箇所があります💦


11年前の震災直後、テレビCMは全て自粛、異様なムード、ほんとにとんでもないことが起こったのだという雰囲気でしたね…。


募金でお札を入れたのもこの時が初めてでした。デパートに設置された募金箱に、友達と1000円入れたこと。飲んだくれの私たちが1000円をお酒に使わず募金するほど、日本にとんでもない状況に置かれているんだと2人して思ったんですよね。


身近に被災した友人知人はいませんでしたが、友人の友人、友人の身内レベルだと、実家が原発の避難区域だったり、津波に流されて亡くなったという人はいました。



母になった今、災害に遭ったらどうしよう…と不安に思います。防災リュックは用意してあるけれど、こんな小さい子を連れて避難できるのだろうか。旦那と簡単に、連絡繋がらなくなったらあそこに集合してそこにもいなかったら別の場所に移って…っていうのを15分ごとに繰り返せばいつか会える!なんて話しましたが。


11年前、娘くらいの子や、私や旦那くらいの親御さんもたくさん犠牲になったのだと思うと本当に悲しい気持ちになります。

両親を震災で亡くして、おばあちゃんに育てられた男の子の話は涙なしでは読めませんでした。

怖かっただろうな、辛かっただろうな、どうしても自分達に置き換えてしまいます。


ウクライナでも民間人がたくさん犠牲になっているようです。小児病棟がある病院が攻撃されたとか…。頭おかしいのか!?


どうかどうか世界中の子供たちに幸あれ…とそれだけを願うばかりです。