ヒーダリーマガリーのブログ

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ダラダラ毎日起こった事を記録していく。
簡単な独り言はtwitter、本棚はブクログを使用中。

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祖父が亡くなった、という報せがきた。

起き抜けにいじろうとしたスマートフォンには母から二時間前に送られたLINEメッセージの通知が表示されていた。

強く目が覚める、という感覚はなかった。ただ、ああ、そうか、とだけ思った。

体を悪くした祖父は入院生活と手術を繰り返していた。

電話をかけても祖母が対応してくれるばかりで、祖父本人の声を聞いたのはずいぶん前になる。

このご時世に老人しかいない場所へ行くことも躊躇われてここ一年半くらい帰省もしていない。

 

連絡をくれた母へ電話をかけてみた。数コールで出てくれた。

 

「じいちゃん亡くなったんだね」

「そうよ。でも絶対帰って来なすな。▲▲(姉)にも●●(弟)にも帰って来んよう言っとるけん。おばあちゃんも取り乱すから(多分COVID-19の感染について、というニュアンスだったんだと思う)。落ち着いた頃に電話してあげて」

「わかった」

「はい。それじゃね」

 

実家の母たちはこれから祖父母宅に手伝いに行くのだという。

 

親族の死という出来事に対して心が大きく揺れなかった自分がいる。

親族の死の報せがLINEでのメッセージという手軽なものだったからだろうか。違うと思う。

祖父への思いみたいなものがすぐに自分の中に見つけられなかったからだと思う。

普段自分が他人のことを考えていない、そう思わされる。

 

祖父には可愛がられていたと思う。

記憶が遡れるくらいの頃から年に数日だけ会う関係だった。

私が産まれた時はたいそう可愛がってもらったという話は聞いたことがある。

 

海が近い町に暮らす祖父母宅に夏冬に数日ずつ行くのは小さい頃の恒例行事だった。

家やお店で一緒に食事して喋ったり、海に連れて行ってもらって泳いだり、釣りを一緒にしたり、おもちゃや本を買ってもらったりした。

そして時間がきたら別れる。

恒例だから泣いたりはせず、また来るからと別れる。

父の自動車の窓から顔を出して手を振る私と姉弟に、祖父母と叔父も笑顔で手を振り返してくれた。

 

自分が中学生、高校生、大学生、社会人になっていくと少しずつ訪問日数も減って、大学で県外に出ると祖父母宅を訪問してお土産を渡して一緒に食事をして近況を話してその日のうちに帰るという、タスクをこなすような付き合いしかしなくなっていた。

自分にもしたいことがあって、それが祖父とのコミュニケーションじゃなかったというだけの話だ。

社会人になるとそれに加えて、変わり映えのない自分の生活が人に話したくなるほどの何かに満ちたものと感じられず引け目があった。だから自分の近況ですら深いところまで話す気にならなかった。

 

結婚しないのかということを祖父はあまり言ってこなかったと思う。

祖母が結婚の話をする印象が強いせいで相対的に祖父が言わなかったという風に事実をゆがめて記憶しているかもしれないけれども。

 

年をとった祖父はよく泣くようになった。

私が何かをしてあげるだけで嬉しくて泣いてしまうので、祖母や母は呆れて笑っていた。

私も泣くほどのことはしていないと少し引きつつ、それでも少し嬉しかったように感じていた。

 

生きていて誰かに強く想われるということがない人生だと思う時がある。

それでもこうやって思い返してみると、私が忘れているだけで、祖父の愛情があったことは事実だった。

 

祖父に怒られた記憶はほとんどない。あった気もするがよく覚えていない。

そういう記憶もいつか思い出せたら良いなと思う。

 

読み返すことがあれば今日の気持ちを思い出す助けになればよいなと、未来の自分に対してこの日記を書きます。

8年ぶりくらいにブログを書く。

最後に書いた2013年の記事を見返すと、就職2年目の終わりで体重も軽かった頃の自分がそこにいてひどく懐かしい気持ちになった。

現在は食事に気をつけつつジョギングや登山等の運動をしているおかげで、当時より一瞬軽くなった(先月は出張仕事が多かったためストレスで少し体重が増えたが)。

 

年が明けたからといって特に変わらない生活を送っている。特に変わっていないことに危機感がないといえば噓だが何にも変わっていない。今年こそは、と思いはする。思うだけ。

 

昨年は仕事上のトラブル対応であったが、今年はコロナの影響で実家での年越しができないから、何か変わったことをしようと六甲山に初日の出のご来光を見に登っていた。

 

以下自分のための覚え書き。

 

12月31日、紅白歌合戦で東京事変の出番が終わった頃に家を出る。

大晦日の梅田を初めて歩いたから例年との違いが分からないが、終電近くに騒ぐ人たちの姿もなく人の少ないエキチカを抜けて阪急へ。

阪急宝塚線を使用する機会がめっきり減ったが、石橋駅の名称が変わっていて驚いた。

23時半頃に宝塚駅を出発。住宅街を登っていくが、急な坂道にさっそく登ることを後悔し始める。登山とは、最初のやる気の壁との戦いだと思っているので、終電等で退路を防ぐのが私流。嘘です。

 

住宅街を抜けると街灯がなくなるが、満月から数日の大きな月が照らしてくれたので塩尾寺までは問題なく歩けた。

塩尾寺ではちょうど除夜の鐘をついており、休憩していた私も誘われた。鐘の前には白い息を吐く人たちがまばらに並んでいた。

ちょうどその時、登山口に入っていく人の姿が見えたので、夜の山道が心細かった私は彼についていきたくて誘いを丁重に断り山へ向かった。なお彼はどんどん先を行ったようでその後姿を目にすることはなかった。

 

寺のベンチに霜が降りているのは目にしていたが、山に入るとさっそく足元に霜や雪が見え始める。

上はアンダーシャツ、トレーナー、モンベルのジャケット、下はタイツにズボン、そしてネックウォーマーにニットキャップと自分的には重装備で挑み、住宅街では暑いくらいに感じていたが、山を登るにつれて汗がどんどんと冷えていくのを感じた。

岩倉山は0:42通過。

30分間隔で水分と塩分タブレットをちびちび取りながら長く止まらずに歩く。止まると熱が逃げていくので歩くペースを落として体力調整していた。

大谷乗越は1:18通過。スニッカーズを1本かじる。外気温で硬くなっており、かじるのにいつもの倍くらい力が要った。

大平山は1:38通過。

船坂峠は2:01通過。

水無山は2:38通過。

このあたりはともかく暗い山道を黙々と歩く。夜景が綺麗なところもあったが、途中からガスでピントがずれたようにしか見えなくなった。これはこれで初めての体験で面白かった。

 

山中では北から吹きつける風が枝や葉をすれていくような音がすごくしたが、身体が流されるような強風ではなくて助かった。

風に流される細かな雪が、月明りやヘッドライトを反射してガラスの粉が舞っているようだった。兎らしき足跡も少し見えた。外気温でザック外側につけたお茶が一部凍り出していた。

六甲山最高峰は3:09通過。夜景が少しは見えることを期待したがガスりまくって何も見えなかった。

スニッカーズ2本目をかじる。1本目以上に硬くなっていた。

坂道を下っているところで足を滑らせて尻もちをつく。スニッカーズ噛んだまま前に倒れたら前歯持って行かれていたと思う。

ここで初めて人と遭遇。軽装備の男性二人だったが自動車で近くまで来て初日の出を見に来ていたのかもしれない。それにしても早い時間だが。

ガーデンテラスは3:49通過。ちょうど2本目の手持ちのお茶を飲み切っていたので、自販機での水分補給をあてにしていたが、硬貨にも紙幣にも反応がなく諦める。コカ・コーラ自販機で通常120円の海老のビスクが100円だったので是非飲みたかったのだが。

自販機隣のバス待合所で女性が一人座っていてあいさつした。初日の出待ちだろうか。ゴミ箱もここにあったのでペットボトル2本はここで処分。

なだらかな道がしばらく続き、ゴルフ場や住宅地を抜けていく。足を休められるポイントだが、踏まれて氷になった路面に数度足をとられた。

記念碑台交差点の自動販売機で麦茶を1本購入し、ココアを1本買ってその場で飲み切る。

丁字ケ辻は4:35通過。カロリーメイト4本を食べる。

三国池のあたりで山道に入り、市立自然の家近くで車道に出てその後しばらく車道沿いを歩く。そのさらに後、摩耶別山への山道に入り、摩耶別山を5:41通過。

掬星台に6:11着。

既に初日の出を待つ人たちが集まりだしていたが、この時点では普通に最前列くらいにいることはできた。しかし徐々に人が集まってくると密集が避けられないので、人がいない位置に移動。が、そちらにもまた人が集まりだして、というのを繰り返して特によくない位置で待つことになる。

遮るもののない山の上であることと、運動での発熱がなくなって極寒。ザックとジャケットの間の汗が急速に冷えてこれが一番堪えた。

ガスバーナーでカップそば用のお湯を沸かそうとするが、寒冷地用でないためか途中で火が消えてしまい諦めた。風が強かったので風防も次回は用意したい。今回初めて使った電池式のランタン風照明は置いて使うのに便利で買って良かった。

その後7時頃の日の出を待つが、雲があったためなかなか顔を出さない太陽に周囲では早く出てくれムードが強まる。テンションの高い若者集団には昔の自分を顧みる生温かい気持ちで目を向けていた。

朝焼けの空と明星が綺麗だったので写真を撮る。

7:13にやっとご来光。山登りした甲斐のある綺麗な日の出だった。思わず手を合わせる。

7:16下山開始。凍った道に恐る恐る足を進める。雪の降る六甲山の経験が少なかったため忘れていたが、アイゼンがあればもう少し精神的に楽ができたと思う。

8:10、もう少しで住宅街という位置にテーブルとベンチがあったので山の上で食べることができなかったカップそばを食す。ここでも最初バーナーの調子が良くなかったが、一度消えた後再着火すると今度は調子良く燃焼が行われた。ここで老夫婦に新年の挨拶をされ、少しお話をした。

20分ほどお湯を沸かして数分でそばを食い、少し腹休めして8:50頃下山再開。

9:22王子公園駅到着。終わり。

前回、西側スタートの縦走を途中リタイヤしてしまったが、今回は東側だったからか余裕を残しつつ登れたので、リベンジを今冬中にしておきたい。

 

途中松屋でご飯食べて帰宅して夜まで寝ていた。

新年開始一日目を寝て過ごした形だが、充実感のある疲労が身体中にあって良い感じ。

正月休みもあと3日しかないが、良い休みにしたい。

 

でわ。

8月の試験は無事合格。
5月の試験も合格が確認でき、9月頭の試験は科目合格はおそらくできている。
残るは11月の試験。

ともあれ先輩が年数かけて取った資格だったり、先輩より先んじて資格を取れたりで満足感は大きい。
仕事に活かすというのは難しいけれど試験のための勉強から使えそうな知識だけすぐ引き出せるようにはしておきたい。
特に電気系の知識は職場で詳しい人が少ないのでがっついていけば仕事もらえそうな臭いはある。

最近はウォーキングやジョギング、腹筋背筋に加えてジムでの運動も始めた。先日の健康診断の結果が返ってきたのだが、今度こそ継続しないと血中の脂肪がヤバイらしい。食事についてもカロリーや脂肪に注意してを心掛けている。

現在75キロあるが、年末までに最低5キロ落として腹回りの改善を行う。

でわ。
7月の終わりに大阪へと行ってきた。

試験勉強だー仕事だー身体がだるいだーの言い訳を続けて運動を怠っていたため、最初は行ってはみるものの試合は見ずに観光でもしようと思っていた。

実は大阪入り初日に元バイト先の飲み会があるものだと勘違いしていたため、4日も休んで大阪に滞在することにしていたのだが、飲み会が無いと気付いて途端に暇になった。

とりあえず元バイト先へ行き、お土産を渡してパートのおばちゃんたちとお喋りしてさっさと移動。食おう食おうと思っていた大学の近くのカレーを食べた。お店が少し広くなっていた。

大学構内を歩いてみると自分が1年と少し前までここに通っていたのかと不思議な感覚を覚える。
研究室には色々とやらかした事があるので近づけなかったが、夜遅くまで明かりがついているようで相変わらずのようだった。
キャリーバックを曳いてえっちらおっちら歩いたせいで汗だくになった。ホテルでるろ剣を見て横になっていたら知らぬ間に寝ていた。
3時に起きてしまい寝つけなかったので夜の歓楽街をぶらついた。中国人に掴まった。

そんで2日目は朝早くに競技場に着いていた。しかしエントリーはせずに一人あるいは先輩と一緒に走ったりした。全然走っていない上に気温のせいでまた汗だくになった。
OPで走る先輩や同回、後輩を見て少し走る事へのモチベーションが上がったので来年は走れるように準備するつもり。
飲み会は大変そうでした。

3日目はひたすら観戦。彼は僕までATフィールドの中に取り込むのはホンマに勘弁してください。ともあれタメ口で喋れるのはストレス少なくていいなーと思う。
人が走る姿ってのは本当に良いものですね。

4日目は大阪の南の方を少し歩いたり、海遊館の近くでやっていた水木しげるの展示イベントを見て天保山を踏破しました。

そっから日にちが経って今日とある資格試験を終えてきました。
科目合格があるので去年3科目取っての今年1科目受験で楽はできたけれども、試験への準備不足はひしひしと感じました。
来月はもう一つ試験があるのでそちらに備える。


でわ。
夜勤前の睡眠時間。
僕は悪夢を見た。
大事な試験の日。受験会場と時間を受験票で確認する。
そこには現在の居住地千葉からはるか遠くの静岡が記載されていた。
確実に間に合わない。今からでも受験団体に電話して何とかならないか交渉してみようとするも身体が上手く動かず電話も見つからない。
どうしようもない状況に気分が悪くなりどこかへ沈んでいく感覚に溺れそうになった時に目が覚めた。

夢でよかった、とホッとしていると携帯電話にはバイトの同期が就職試験に合格したという連絡が入っていた。おめでとう。

夢の悪い気分も醒めてきて、パソコンの前でボーっとしていると、
今度は高校の同級生で好きだった女の子から連絡が入ってきた。
何やら僕の中学までの同級生から僕の昔話を聞いたとのこと。
嫌な予感がした。
そいつと合コンで知り合って付き合いでもしてるんだろうかと勘繰った。

しかし彼女は僕の予想を上回っていた。
「実は今度結婚するんだ」

まぁ分かってたんだけどね。そうくるかー、早かったなー。
その後も半時間ほどの死体蹴りが続いた。
それでもおめでとうとは言う。画面越しだからできたのだらう。

冬に故郷へ死体の姿のまま凱旋します。


でわ。
4月末に山に行って以来、5月末の試験に向けて日々勉強をしていた。
とりあえず試験は何とかなりそうで、あとは結果を待ちつつ8月と9月の試験に向けての勉強を、仕事と並行して進めている。あまり進んではいないけれども。

6月ということで夏休みの申請をした。
とりあえず大阪開催なので今年くらいまではななてー行くことに。実家はどこかでテキトーに帰る。


でわ。

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今日は急にただ山が登りたくなって、冷蔵庫には特に何もせず昼前に鋸山へ向けて出発。
駅を12時半頃に出て山頂には13時半頃到着。
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木が多くて周囲を一望とはいかなかったけど、約一年ぶりに山を登った満足感は結構あった。

その後はラーメン食って石仏見て海見て温泉入って帰る。四半日の旅ながらもなかなか濃ゆい場所でした。写真はとりあえずのアップで。
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でわ。
最近は年一の大仕事の時期だったり、資格試験の勉強をしなければいけなかったり、残業の頻度が多くなったりで、購入した小説と漫画が積まれるスピードが上がっている。
最初の頃はそれが結構なストレスではあったが、諦めの境地に達したようで粛々と消化を進めている。

先日、今年度最後の資格試験が終わった。
9月の試験は1科目残して科目合格、11月の試験は落とすという惨憺たる結果だったので、今回は3度目の正直で絶対に落とせなかった。
試験のレベルも前の2つに比べれば遥かに簡単ではあったが、これまで2つ落とした経験が自分を勉強に走らせた。
休みの日はファストフード店かファミレスにこもって読書の合間に勉強をした。
過去問題集も結構使った。練習は本番と思って、本番は練習と思ってを実践できたようで、本番では思った以上に簡単な問題たちにひどく拍子抜けした。
4月頭に結果が出るが、今度は良い結果を報告できると思う。報奨金がもらえるのは何より。
今年は6月に講習と9月に今年度の試験の残り1科目、10月に新しく資格試験、そして11月に絶対に落とせない試験があり、今年度の汚名を晴らすべく勉強あるのみだ。

ともあれ試験が終わり休みの日に漫画を読める時間が確保できるのが一番ありがたい。

山賊ダイアリー3巻を読んでいて、ふと幼少の頃に近所の田んぼでよく見かけた「アカハラサンショウ」なる生物を思い出したので調べてみた。
どうやら正式名称は「アカハライモリ」でかなりポピュラーな物らしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%AA

この項目の中にある『ソデフリン』の記述にはニヤッとさせられる。

今は目にする機会がなくなったが、祖父から『一度噛まれたら雷が鳴るまで離してくれない』とことあるごとに言われてたので当時は怖がっていたのだが、年を経る中で忘れていっていたようだ。

ふと思い出したのでメモ代わりに書き留めておく。


でわ。
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9月の試験から2ヶ月。
先日また一つ資格試験を受けてきた。
慎重を期したい自分としては乙を受けたかったのだが、部長クラスからの強い勧めで甲禾重を受験した。

試験の内容自体は今思うとかなり簡単な部類で、計算については公式さえ覚えておけば解くことができる問題ばかりであった。実際同じ会場にいた受験者の中には試験開始後30分で速攻で退出していた人もいた。
自分は、公式について曖昧にしか覚えてない部分で突っかかりはしたが、全く触ることができなかった問題はなかったので多分大丈夫だろう。

公式覚える前に過去問をやってボロボロにされたことで苦手意識ができ、試験4日前までほぼ手をつけない状態だった。
直近2年分でもやれば広大な学習範囲に比べ出題傾向がどれだけ狭い範囲であるかは一目瞭然だったが、傾向を考えず勉強を進めたため効率の悪い勉強にしてしまった。

それ以外について。
法令は覚えていた部分で選択肢を取捨選択できた。

しかし保安が問題だった。
過去問直近3年分は合格点だったが、そこを外れた範囲についての勉強が不足していた。材料関係の問題へ注力したが、管理技術の内容と、設備の細かい部分について覚えていなかったせいで、選択肢を絞りきれず合格点かは際どい。
科目合格が無いのがとても痛い。

ともあれ一つ試験が終わり、やっと休みに遊ぶ心の余裕ができた。
溜まった本を読みたいし、壊れた本棚の代わりやらカーペットやらも買いに行こう。


でわ。
入社して半年が経った。
仕事もそこそこ覚えて、自分で考えて動くことも増えてきた。
飲み会でもチャイナの強い酒を飲めるようになってきたし、話し相手も偏っていた初期に比べて色々な人と話せるようになってきた。
考課の面談が迫ってそろそろ次のステップを意識して仕事をせねばと思う今日この頃。

今年はあと一つ資格試験があり、そこを落とすとさすがに部長に怒られるというか舐められてしまうだろう。なので絶対に落とせない。
逆に、そこさえクリアすれば先輩らのこれまでに足跡に対して一歩リードしたスタートを切れたことになるし、何より一時金が手に入る。
頑張って合格して、社会人らしく高い腕時計でも買いたいところだ。

10月はあと2日しか休みがない。
ここからは残業なるべくせずに勉強時間の確保をきっちりとしていく。
あとヒヤリハットは絶対に起こさない。
1日3時間確保できればさすがに間に合うはず。
締まっていく。

でわ。