> 非ダイヤさんと喋る意味あります???

どうせ、愚痴と、弱音と、誰かの噂話とか、悪口陰口とか、心配事喋るだけでしょ??

超、つまんないじゃないっすか???



あたしは、どうして自分のことをダイヤだと思っていたんだろう?

愚痴しか話さないのに

母の愚痴を聞くのが夜ご飯の時の儀式だった

仕事の愚痴、

父や同僚の悪口、

お金がないこと、、

母が笑った顔をあまり覚えていない

息をするように愚痴を言って生きてきたから、自分が愚痴を言っていることさえ気づかなかった

なんなら愚痴を言うためにあたしは今までの人生いろいろ頑張ってきたのか?


コロナが始まる頃にナリ心理学を見つけて、ノートにブログをまとめて、あとはひたすらクソノート、これがノートとペンだと「自分と向き合っている」だと思っていた

母親に文句のメールを1回送って、母親問題が解決したと思い込んでいた

「自分は愛されてない」

「このままじゃいけない」

「世の中は冷たい」

「まわりのみんなが嫌がらせしてくる」という前提のまま


そのうち、職場が変わって、たまたまうまくいって、たまたま彼氏もできて、

「現実が変わった!」と思ってしまった

ただ環境がかわっただけなのに

デスロードのままなのに


本当は母親問題を解決したくなかったのかもしれない

うまくいかなかったときに言い訳できなくなるし、悩んでいるふり、悲劇のヒロインやるための切り札として毒親をとっておきたかったのかもしれない


久しぶりにカフェに行ってノートを開いたら

「お金がない、じゃない

お金はある

お金がないと思っているわたしがいるだけ

お金がないことはダメだという価値観を持っているだけ

そしてその価値観は幼い頃に母親から刷り込まれたものでわたしのものではない

捨ててよい

当時の母はきっとお金に苦労したんだろう

夜逃げの話もあったらしいし

結婚相手(わたしの父)と一緒に頑張ろうといっていたのに相手は起業した途端、いろんなことを隠すようになったといっていた

寂しかったろうな

そりゃ、好きだけじゃ結婚してはいけないってしかめっ面でいいたくもなるよな」

って手が動いて、涙が出てきた


あたしが今やってるのって親いじめ

(そして自分いじめ)

当時、鬱だったかもしれない、またはそれくらいつらくて大変だった人をいまだに許さず責めてあたしは最低だ

病気になったのがお母さんだったらよかったのにとか思って最低

最低なんだけど、お母さんが生きててよかったなって心から思った

きっと母はこれからもおかしなこといったりやったりするとはおもうけど、よかった


そして「もう愚痴をいわなくていいんだ!」って気づいた時の心の軽さはヤバかった!

だれも愚痴なんて興味ないよね、楽しい話をしたい

人の粗探しもしなくていい!

今まで嫌なことムカついたことばかりをノートに記録してきたけど、12月からは楽しかったこと、うれしかったことを書くようにしたらそれを眺めるのが楽しみになった

減点法の人生なんて嫌だ


何も変わってないけど、何かが変わって見えた

自分はこんなに綺麗な景色のところに住んでいたんだとか、同僚が差し入れでくれたケーキのおいしさ、電車でわたしの肩にもたれて眠るおばさんも許せること

この人も誰かの大切な人で誰かを大切に思っているんだなって


自分は「闘病中」ということを忘れず、

2023年はもう諦めてw治療に専念!

この記事を何度も読み返す!



ナリくん、公式ラインの「これあり?なし?」の質問に、光の速さで「普通になし」って返信してくれてありがとうございました!

(危なく結婚するところだった昇天)