応募に明け暮れていたライター駆け出し時代。

持ってるものは“勢い”だけだと思っていました。

 

だから、なんでもやります!むしろ、やらせてください!って猛アピールしまくってた。

 

その熱意が伝わって、採用されたことは過去に何度もあります。

 

だけど、自分の実力感やできること・できないことが自分でも分かっていなくて、今なら迷惑かけたなぁって思っています。

 

このことに気づいたのは、3歳の子がお手伝いブームがやってきた時のこと。

 

ご飯の用意をしている私に向かって

 

「何か手伝うことはある?」っと目をキラキラさせて問いかけてくれました。

 

やる気に溢れてることは、言わなくても伝わるし

せっかくの好意、何かさせてあげたい。

 

だから、お皿を並べることとかをお願いしました。

 

それから、数回の時を経て今

 

変わらず気分がのったら手伝いの申し出をしてくれるのですが

簡易的なことでは満足せず、もっと役割が欲しいというように。

 

(例えば、野菜を切りたいとか。。)

 

正直、危ないし、教えてたら時間もかかる。

やり方をその子が分かるように伝えるのも、もはや面倒。

 

そうなった時の「なにか手伝うことちょうだい」は逆に手間だったりするのです。

 

大人になってから貰う「なんでもやります!」を貰った側としては

そもそも、あなたの実力は?得意は?が分からない。

さらにそれが分からないから、何をふればいいのか悩む。

だけど、熱意は汲み取ってあげたい。

という複雑な状況に追いやられてしまうのです。

 

しかも、やります!とかつて言っていた私は、途中で求められる力量に追いつけずになって

途中で脱線するという失礼きわまりない行為をしていました。

 

今思うと、本当に迷惑なやつです。

 

熱意があることは素晴らしいこと。

それと同時に、手伝うということは相手の負担を軽くすることということを忘れちゃいけないですね。

 

では、負担はどこなのか?となると、自分が何者でどんなことができて、何ができなくて、どんな熱意があるかを、端的に分かりやすく伝えた上で、相手の判断に全力で向き合うかなと今は思っています。