『マナをめぐる冒険』
マナをめぐる冒険 魂を潤す究極のレシピ/将口 真明

¥1,890
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面白くてあっとゆう間に読破したものの、レビューを書こう書こうと時がたってしまいました。
既に、友人に「読んで!」と貸し出してしまい、今手元にはないのですが。。。
twitterでは、「レビューを書こうと思う」とつぶやいただけで、作者の「将口真明さん」http://twitter.com/manawomeguru にフォローしていただけてとても嬉しくもあり
ちょうど、私自身も『消費のありかた』について色々と考えていた時期でもあったので
すごくgoodタイミングで『マナをめぐる冒険』に出会ったのでした☆
私達は今、たくさんの『情報』の中、そして溢れる『モノ』『食』の中
当たり前のように食べ物を買い
更には不況の煽りで『安さ』がブランドみたいになり
そんな中でも、流れてくるあらゆる情報の中、実は多かれ少なかれ、意識をコントロールされて
自分の「求めるもの」とは関係なしに「良し」として
食べ、飲み、買っているのだと思います。
「消費者」
として。
『マナをめぐる冒険』の舞台は未来。
2080年代~2090年代のお話し。
完全にフィクションだし、凄いハイテクな世界のお話しなんだけど、「もしかすると本当に。。。」
と、想像ができるという事は、
それだけに
今の時代は日々色んなモノが進化し、開発されるとともに
『魂』が少しずつ『肉体』から離れてきているのでは?と感じる節があるからなのだと思う。
どんなお話しなのかは実際読んで感じてもらいたい派なので、控え目にしたいところなんだけど。。。
『マナ』という聖書の中の「人々の魂を潤し救ったと伝えられる食べ物」のレシピをめぐる物語で、過去生(前世)で同じようにマナを求める事で繋がっていた3人の人間やその周りの人々が、また現世で自分の「存在」とお互いの「必要性」に気づき、世界を救おうとするってお話し。
これだけ離すと、凄く現実離れしていて、スピリチュアル的な感じがしちゃうんだけど
物語の「伝えたいコト」としては『肉体』と『魂』が離れ離れになってしまうと
『愛』を伝える事も感じる事も出来なくなってしまう。
というコトなんだと、私は思った。
(将口さん、違いますか?(・_・;))
最近、というかだいぶ前からだけど、私達の『消費』についてよく考えるコトがある。
というのは、生活面でこの不況の煽りを急激な勢いで受けた事と、仕事と労働の事、世界で起こった災害の事、子供の学習事情などで考えさせられる事がたくさんあったからだと思うのだけど。。。
「本当にこのままでいいのかな???」
っていつも思う。
いや、誰しも心のどこかではそう思っているんじゃないかな?って思う。
『マナ』とはまず愛(まな)のこと。それから古くより神道ではマナとは真魚(まな)と呼ばれる神に捧げる食べ物のことだった。その名残で「まな板」などの言葉がある。ハワイの霊力マナ。仏教のマナ識。フィジーのマナ島…それから… (本文引用)
物語り中の聖書に書かれてある『マナ』は醜い争いの末、身も心も疲れ果てたところに降ってきたと言われる「癒しの食べ物」でした。
もちろん実在したかどうかは不明だし、ありえない事なのかもしれないけれど
私は、『食』は心を癒してくれると思う。
それも、『ちゃんとこもってるもの』。
『思い』が。
それらを『感じ』『受け取って』いく事が
私の思う本当の『消費のありかた』。
うん。
そうやって『ごはん』を食べれば癒されると思う。
『おいしい』
は癒しだとやっぱり思う。