3・11
デッカイ地震が東北・関東地方にやってきた。
ずっとずっと 「発信したいこと」「思い」は溢れっぱなしで
それでいて まだまだ 生活の 「不安」は 続いている。。。
ワタシは 子供達を守るために 震災後の原発爆発翌日に 西へ向かった。
その翌日から 子供達が 立て続けに インフルエンザに感染してしまい
息子は 入院までしてしまった。
ようやく骨折した右腕の板が外れて 3日後の出来事。
息子の看病中 被災地の子供達のコトが ずっと頭をよぎる。
この子と同じ状況の子が被災地だったらどんな風に過ごしているだろうか。と。
手厚い看護を受けながら 少し 『罪悪感』に似た感情を抱いていた。。。
家族・仕事・人付き合い。。。etc
普段ならば 湧いてこないであろう感情が この震災の時期のせいか
毎日 コトあるごとに 溢れて 毎日 ココロがいっぱいになる。
今も。。。
きっと。
この日をきっかけに たくさんの人が 「変わろう」 としているのだと思う。
今日までのコトを思い浮かべ 明日からの希望を心に描き。。。
震災でリアルに 「無くしたもの」がある人達は まだ「希望」すら
感じる余裕はないのかもしれないけれど。。。
でも 変わってはいけないものは きっとあるのだと思う。
東京は
被災地だと思う。
地震の翌日から 大人たちが 我よ我よと 前のめりで 買占めを始めだし。
ただでさえ 時計と仲良しの 東京人は 『待つ』コトが苦手な様子。
国の中心である東京の人たちが こんな時でも 国を信じられていない。信じさせてくれない。
戦争からの 日本の発展は つかの間のコトだったと思う。
以前に一冊の本のレビューを書いた時にも 書いたことだけれど
テレビの登場から一気に情報発展してきた日本は いや 世界は
多かれ少なかれ 善しも悪しも 意識をコントロールされていて
その多くに 自身が気が付かないまま ここまで来てしまったのだと思う。
一気に。
ホントに つかの間のコト。
そんなつかの間のコトが 自然の力によって これまた一気に 崩されようとしている。
いや、終わってしまったものはあるのだと思う。
つかの間のコトの中でも 崩れないモノは 一体なんだろう。
”人が 人を 思うキモチ。
愛し 愛され 愛したコト。”
それは 肩書きや地位や財産よりも
何よりも
自分の『存在』を気づかせてくれるもの。
自分ってモノを証明するために湧き起こるエネルギー。
それは
想像力=創造力。
そうやって進んでこうよ。
愛し合ってこうよ。
今までだって
ありふれていたんだよ
そんな感情が。
気づかなかったりするんだよ。
ミエナイモノだから。
そんな
ありふれた日常を
取り戻していきたい。
ね。
何よりも 大切なコトだと思う。
ココロの底から 笑顔に なるために。。。
ONE LOVE ☆ ALOHA
mamaloha トモミ


