先日、演奏のお手伝いをさせていただいた教会のコンサート。
先に書いておきますと、私はクリスチャンではありません(父のお墓参りでしょっちゅう高野山行ってますし)。
かと言って熱心な仏教徒というわけでもない……
多分、初詣もクリスマスもお祝いして数珠も持ってる標準的な日本人です![]()
今回のコンサートは、画家であるミエコのお母様の作品を展示するイベントでのコンサートでした。
コンサート自体は信者さんたちによって趣旨を変えて定期的に開かられているそうです。
ミエコのお母様は数年前に脳梗塞を発症され、ミエコとの同居→北海道が寒すぎて断念![]()
お友達がたくさんいる関西に帰ってきての施設入所、脳梗塞再発症のため入院、ホスピス病棟への転院を経て、
現在は延命装置を外された状態で終末期専門の施設にいらっしゃいます。
延命装置を外されるまでは鼻からや胃瘻で栄養を取られていたそうですが
ご家族のお考えで10日ほど前に全て外されました。
ただ、この日の展覧会までは命を長らえてもらえるように………と、
スタッフ、家族が力を合わせて取り組んで来られたようです。
ミエコも、4月半ばからずっと帰省しています。
展覧会コンサートのためとは言え、延命装置を外した為によるまとまった帰省。
看取りのための帰省です。
そう考えると、言葉には到底表すことのできない想いが溢れてきてしまいます。
いつも元気に笑顔で展覧会の準備を進めていたミエコと彼女のお姉さん……
お父様はいないので、2人の心の中はいったいどんな想いなのか………。
そんな中で迎えた展覧会当日は、お母様とご縁のあった方々が、信者の方もそうでない方も……本当にたくさん来てくださっていました。
そして、お母様ご本人も、車椅子で会場に来ることができたんです。
数日前まで胃瘻をされていた人です。
もしかしたら来れるかもしれない、とは聞いていましたが
私は正直ストレッチャーのような状態かと思っていました。
それが、普通の車椅子で、
点滴も外して、
お姉さんにうっすらとお化粧もしてもらって………
帰り際にミエコが促すと
「みなさんありがとう」と、とてもハッキリと、しっかり聞き取れる言葉を発せられました。
正直なところ、この時ばかりは「神様は見守ってくれてるんだ」と感じました。
胃瘻の管を外した場合、そのあと命をつなげる時間は数日〜数週間だと聞いています。
お母様とのお別れの時間は刻々と近づいている。
でも、このような形で最後の日を迎えようとすることが出来るのはなんと幸せなのか……。
同時に、最後の日を意識した状態で長い時間を過ごすことの苦しさや辛さ、悲しさ……それを思うと、私は自分自身それに耐えられるほど強くはないのではないかと思います。
心の準備ができる
覚悟ができる
皆さんそうおっしゃいます。
私は、父を心筋梗塞で突然に……えぇ、文字通り突然に亡くしました。
あの悲しみは忘れることが出来ませんが、同時にバタバタの中でお別れしたおかげで、泣いている余裕もなかった。
悲しさに押し潰されてしまいそうなこともなかった。
やることがてんこ盛りだったから。
それは……もしかしたら父からの優しさかもしれません。
父は、私の泣く姿が何よりも嫌いでしたから……。
コンサートの翌日にミエコと数時間だけ会いましたが
それ以降は連絡を取っていません。
おそらく今は、ご家族と過ごす大切な時間。
お邪魔をしてはいけませんものね。
私はミエコのような対応ができるのかしら。
まだまだそんなことは考えたくはないけど……
おそらく私が母にしてあげるべき1番大切なことは
「母よりも長生きして元気に笑顔で過ごすこと」
かな。
今はまだ、それを目標に日々生きていこうと思います。



















