うふふ Kurashiki -4ページ目

うふふ Kurashiki

倉敷の美味しいお店を探検します。
時々インテリアのことなども。

先生とお呼びしている奥様と、岡山のミュシャ展に行った日のランチのお話。


私がぜひ行ってみたかったのは、天満屋の地下にある 「 いんでいら 」。


そこで 「 えびめし 」 とやらを食べたかったんです。


「 えびめし 」 とは、東京のカレー屋のメニューを暖簾分けという形で岡山に持ち帰った方がお店で提供したところ、それが人気となって多くの岡山県民が知る人気料理になったのだとか。


岡山県民になって、もうすぐ1年。


一度は食べておかないと!











「 いんでいら 」 は、かなりレトロな感じのお店。


古くから 「 えびめし 」 出してまっせ~ 的な感じが静かにただよってます。


注文するとすぐにコールスローが運ばれてきました。




そして 「 えびめし 」 登場!



かなりの色黒。


ピラフ界の松崎しげるといったところかな。


食べてみると、んん?なんだろう?何で味付けされてるんだろう? わからない自分が悲しいけども、ソースだけじゃなくって、ちょっとカレーの風味もしてるようなしてないような、うーんうーん 不思議なお味。


家に戻って調べてみると、一般的な 「 えびめし 」 の味付けは、デミグラスソースにケチャップやカラメルソースが基本で、お店によってそこに色んな隠し味を足していくのだそう。


味付けも気になるところだけど、それ以上に気になるのがお店の名前の 「 いんでいら 」。


名前の由来はなんだろう?


お店の方に聞いてみたところ、ウェイトレスさんではわからず、厨房から顔を出したコックさんも 


「 んー? あー? なんだったっけなー? うちのお店のマークが 象 で・・・ その象の名前が・・・ いん・・・いんでいら・・・だったっけな・・・ よくわからないですわ・・・ 」


・・・・・・・・。


お店の名前が不思議な時、どうしてもそれを聞きたくなってしまって よく聞いてしまうんですが、店名の由来が誰もわからないお店というのは、これまで皆無と言っても良いくらいなので、聞いたこちらがビックリ。


ところが、もっとビックリだったのが、涼しいお顔でえびめしを食べている先生が


「 あぁ そーいうことか。 ほら、第二次世界大戦の時に上野動物園にかわいそうなゾウがいたでしょ?花子っていう。 戦後、インドのネール首相が上野動物園にインディラっていう名前のゾウを寄付したの。

ネール首相の娘さんの名前がインディラ・ガンディーだから、その象の名前はインディラってつけられたのよ。 それにちなんでるんじゃない? 」


?!?!!!!!!!


先生は、決してゾウマニアでもないし、上野動物園の職員でもなく、インドにまつわるクイズ選手権王者とか、そーゆうのでもないんです。


なのにこんなことをご存じで、えびめし食べながらサラリと言ってのけちゃうって、


んもう! それこそ  インド人もビックリ!!!


こんな先生と一緒にえびめし食べれる私って、前世でかなりの徳を積んだんだろうな・・・


よくやったぞ、私。


それにしても、こんな風に、自分のフィールドとはまったく無関係のことを知っていて、それをふとした拍子に披露しちゃうと こんなにもかっこいいものか。


よしよし そうであれば、私もここで1つ、自分とはまったく無関係なことを暗記しておこう。


そしたら、いつの日か、それを披露できるチャンスがめぐってくるはず。



為替手形 


為替手形とは、手形の振出人が、第三者に委託し、受取人またはその指図人に対して一定の金額を支払ってもらう形式の有価証券のことである。

略称は為手 ( ためて )。



↑ ↑ ↑


これ これ これこれ。 こーゆうの欲しかったの。


為替手形のなんたらかんたらのことはよくわからんけど、最後の1文。


為替手形の略称は 「ためて」 ← これならもう暗記できちゃった。


将来、どこかで為替手形の話が出たら、 「 あぁ ためて のことね 」 と一発お見舞いしてやるんだ むはは。


早く為替手形の話題にならないかな~♡


40年生きてきて、これまで1度も話題に・・・上がったこと・・・・・ない・・け・・・ど。 


たは!






えびめしを食べて、これでやっと岡山県民として大股で歩けると思ったので、ボランティアのお茶の席で自慢をしたら、その場にいた生粋の倉敷市民も、岡山市民も、総社市民も、えびめし?あぁ・・・なんかそんなのあるなあ 食べたことはないけど!という、えびめし食べたことある率の低さに唖然として、むしろ岡山に長く住んでるけど食べたことないよ?それが何か?っていう、その余裕みたいなものの方がかっこよく思えてしまったという、悲しい後日談は最後にちょこっとだけ書いておこう。