身体から
芯を創る
幸せを呼ぶ
チャクラ・ボディ・アーキテクト
~自分のカラダは自分で創る~
「 チャクラ ボディ アーキテクト CHAKRA BODY ARCHITECT 」
「人生のシナリオ」
人はこの世に生まれてきてからの記憶が
すべてチャクラに記憶されていると言われます。
そのチャクラの記憶とともに、その人が生まれ持った課題があります。
その課題をクリアすることがこの世に生まれてきた使命だと言ってもいいでしょう。
そして、また、その人が生まれた時に課せられた人生のシナリオがあります。
そのシナリオにはいくつもの課題があり、
それをクリアしていくことで
その人自身の人生をより豊かに学びある人生としていきます。
その課題をクリアすることをせずに、
自らが選んだ人生のシナリオである青写真に背いた結果、
より困難な課題として、
さらに高いハードルとして目の前に立ちはだかることにもなります。
困難や問題から回避しようとしても、
さらなる大きな困難や問題が目の前に立ちはだかる、
そういう結果となるのです。
写真引用元
「いじめは楽しい」だから笑顔で行われる。
そんな見出しの記事を読みました。今や、入学直後に決まるスクールカーストと呼ばれる人をランク分けするものがあるのです。たった30人ほどのクラスなのに、いつの間にか「1軍」「2軍」「3軍」と身分が決まってしまうのだそう。初めて入学して、胸おどる気持ちよりも、緊張と不安の中で友達ができるかどうか、そうしたことを心配していた昔の記憶は、はるか遠くのことのようです。スクールカースト、まるでインドのカースト制度のよう。序列は容姿、キャラ、得意の運動、頭の良さ、家庭のお金持ちの具合など、様々なのだとか。一度、そのスクールカーストが出来上がってしまうと、どんなに不本意でも、どんなに努力しても、卒業までに自力で変えることは難しく、1軍の生徒はおとなしい3軍の生徒に対して威圧的な態度で接し、過激な「いじり」で笑いを取り続けることで上位1軍であることの地位を保たなければならないのだとか。
他人を馬鹿にしてまで笑いを取り「私たちは仲良しです」と独りではないことを誇る2軍の生徒たちもいます。1軍にはなれないけれど、3軍に落ちないようにSNSで友達と写真を撮り「楽しさ」アピールをします。そうした「演出すること」に必死な毎日なのだとか。みんな楽しそうに笑っている、という事実を理由に、それがいじめではなく「友情」であることを主張しているのだとか。
これが今の学生たちの現状なのかと思ったら、とてもやりきれない気持ちになりました。生徒が背負うスクールカーストの裏にあるもの。それは「誰かが誰かを傷つけることで笑いや楽しさが生まれるから」そんな現実がある。いじめがまるで娯楽となっている、そんな学校の現場が今の現実となっているのです。
引用元リンク
・
・
・
なぜ、この世の中から差別やいじめがなくならないのか、、動物行動学では動物は本能的に危機を察することによって、外敵から身を守るために防衛本能が働き、攻撃しようとする習性があります。そうやって、人類は外部からの危険や不安を感じることによって、これまで疫病やウイルスに対しても免疫力を高めていき、今の時代まで生き残ったのでしょう。そうした防衛本能こそが進化の証なのだと、そう思います。こうした「差別」や「いじめ」に関することを述べるときは慎重にならざるを得ないので、出来るだけ偏見がないよう客観的に意見を述べさせていただきます。
おそらく、差別する人の心理として「自分の優越感を感じたい」という欲求を満たしたい、そして、人よりも優れていると自負したい、そうしたことがあるように思います。けれども、そうした、己のエゴを満たすために、自分よりも劣るという存在が必要であるかどうかについて、私は疑問に思います。人を自分よりも価値が劣ると思い込むことで、多くの差別やいじめが生み出されるのだろうと思います。これは理想論かもしれませんが、人間は生まれながらにおいて、皆平等である。そんな言葉は綺麗ごとであって、陳腐な何も意味をなさない、そう思うかもしれません。国によっては、人は生まれながらに差別され、区別され、貧困と富裕層の格差を生み出している。それは紛れもない現実社会で見られる光景です。だとしても、私は「差別といじめを生み出す根底にある人間の心の闇」そう考えています。そうした差別、いじめについて、ずっとずっと思い巡らしてきました。同じ人間なのに、肌や言葉、能力の違いによって優劣を語るべきものではないと、ずっと、幼い頃から思ってきました。
それは自分が社会的弱者で生まれついて私生児だったからなのか、経済的に貧困層だった母子家庭に生まれ育ったからなのか、小学校、中学校で言われのない差別を受け、いじめに耐えながらも生き抜いてきた結果なのか、それはわかりません。日本は先進国だと言われているのに、そこで暮らしている人たちは幸せそうには見えない。そんなことを感じながらも、幸せになることに人一倍貪欲になったのは、そうした差別やいじめを経験したからこそ、それは間違いないのかもしれません。
世界平和を望んでいると言いながら、今も同じ人間同士がいがみ合い、世の中から戦争がなくなることはありません。争いからは悲しみと苦しみと憎しみと、暴動へと発展するしか道がないのにも関わらず、命が失われる内戦や戦争、それがあとを絶ちません。本当に悲劇としか言いようがありません。このような状況を改善するためにも、私は小さな一歩だとしても、こうした差別をなくすためには何をしたらいいのだろうかということを、14歳の頃からずっとずっと考えてきました。
・・・いじめの問題から戦争や内戦に発展してしまい、話がそれてしまいましたね。
人種差別はもちろんのこと、多くの差別の根底にあるもの、それは「偏見など意識的にある相手への不理解である」私はそう思っています。相手への不理解。それこそが多くの差別を生み出す心理なのだと、そう思っています。相手への無理解、不理解こそ、相手が自分で理解できない存在だから、よくわからないから、そうした不安が相手への悪意ある感情を抱かせるのです。そして、自分よりも劣るというレッテルを貼りつけ、相手を軽視すること。そして、自分とは違う人間で、理解できない存在であるから、排除しようとする、そうした心の動きがあるのだと、私はそう思っています。
「理解できない」から「排除しようとする」そうした心の動きがあるからこそ、これこそが差別を生み出す根底にある人間の心理だと、私は思っています。では、どうしたらいいのか。私がいじめられっ子と無二の親友となれたこと、それは今も私の心の財産となっています。そうした経験ができたことを心から感謝しています。今はそうした昔とは違い、時代背景も原因も、因果関係もとても複雑ですから、今、簡単にいじめの問題をなくすためにどうすればいいのかを具体的にお伝えすることは難しいと思います。
けれども、それでも伝えたいことそれは。人と人とを結ぶもの、それは「愛」なのだと、私は信じています。相手も自分も「愛ある人」「心の通った人間であること」そうした、互いが違う個であって、どちらも尊重し合う存在であること、それを一人一人が意識すること。それしかないように思います。愛ある人はいじめたりしません。愛に満ち溢れていたら、人を攻撃したりはしません。排除しようとはしません。人間らしくありたいと思ったら、いじめや差別はしません。相手にも自分にも「愛」ある接し方ができるかどうか、これがすべての源になるのだと、そう思っています。もちろん、理想論であることもわかっています。けれども、突き詰めていくと、いつも同じ結論にたどり着いてしまうのです。人が人を差別しない世の中にするためには、一人ひとりの心に「愛を与えていくこと」それしか道がないことを。
生まれてきた環境は人それぞれ違います。愛ある行動ができる人、それは「愛を与えてもらった」と感じられる人生を歩めた人たちです。生まれてきた環境によって、人は多くの価値観と出会います。互いに理解したいという思いがある人は根底に「愛」があります。相手を排除しようとする人の根底には「恐れ」と「不安」、「憎しみ」があります。相手と自分と同じ人間だという意識がある人はいじめや差別をしたりはしません。互いが別々の存在だと線引きする人たちがいじめと差別をするのです。相手との間に見えない壁をつくり、それ以上歩み寄ろうとすることはしません。相手を思いやれない理解できない、そうした思いが「自分とは違う人間なのだ」という心の距離を生み出し、永遠に相手を受け入れようとはしません。
もちろん、いじめや差別に限りません。人を攻撃したり、人に怒りをぶつける人の心理は自分自身に不満のある人です。怒りの原因、それは第2チャクラによる「自分をわかってほしい」という気持ちの表れです。自分を理解してもらえない、そう感じた時に人は相手に対して攻撃的な感情、怒りの感情を向けるのです。自分がわかってもらえないからこそ、その感情の裏返しとして「わかってほしい」そうしたエネルギーが怒りとなって相手にぶつけてしまうのです。
自分自身が満たされている人は人を攻撃したりはしません。自分に不満があるからこそ、相手は自分の鏡ですから、自分が弱いと思っている弱点を相手に見つけて、そこの弱みにつけ込み、攻撃してくるのです。そもそも、自己愛が満たされている人はそうした愚かな行為はしません。自分が満たされていないからこそ、他人の弱い部分が目についてしまうのです。もしも、今、これを読んでいる人でどうしても人のすることや、やることにイライラしてしまう。相手に憎しみや怒りをぶつけてしまうという人がいたら、どうか、その根底にあるご自身の内面と向き合うことのできるチャクラリーディングをしてみるといいでしょう。
いじめていても、苦しい気持ちが募るだけです。なぜならば、あなたの魂はそれを知っているからです。魂が輝くために何をするのか、それを教えようとしているからです。ご自分の魂が望む生き方ができるのが、チャクラリーディングによって見つかるのです。どうか、一人でも多くの人たちが望む未来を手にして、本来のあなたの望む生き方ができますように、、
・・・最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。心から感謝いたします。
※(注)
第2チャクラの象徴は「生命力」です。基盤を作り上げた第1チャクラから、第2チャクラでは生きる喜び、人生とは何か、といった個人の生命力に関わっていきます。それは自分の感情や欲求という形で私たちに教えてくれます。肉体的にも精神的にも、何をしたら嬉しいか、幸せかを感情を通して学び、欲求を目覚めさせてくれます。そのため、聴覚や視覚といった全ての感覚を活性化させます。
本来ならば、第1チャクラで心の土台を築き上げてから第2チャクラが整うことが理想ですが、この第2チャクラが乱れていることで、いつも「心が満たされていない、素直に自分を表現できていない」という感覚を心に抱き続けます。だからこそ、心にトラウマがあると感じるのなら、このトラウマから解放される必要があります。どのようにしてチャクラのバランスを整え、トラウマを手放すことができるのかは、チャクラリーディングを行うことで改善されていきます。もしも、チャクラにご興味のある方は↓からお申し込みください。
お申し込みはこちらから↓↓↓↓
チャクラについてご興味がありましたら、こちらもご覧ください。



