仕事をする意味を考える……
新米営業マンだった頃、ベテランの先輩が事務を担当してくれていた時期がありました。
その先輩とご飯を食べに行った際に、クライアントからの評価がとても高い、1人の営業ウーマンの話を聞いて軽くショックを受けたことがありました。
「彼女ね、お家がご商売しているから、商売のやり方が元々身についているというか、体にしみこんでいるのよね」。
私の父は会社員、母は専業主婦です。
もしかして、仕事をするスタートラインで不利な状況にあるのでは?なんて、不安になったものでした。
何しろ、大学を卒業したばかりの、何もわかっていないぺーぺー(笑)でしたから。
実際には、会社員の父の背中から、仕事について本当にいろいろなことを学びました。
「いい仕事をしたかどうかは、その名刺がなくなった時にわかる」は、どの仕事をする時にも大切にしている言葉です。
企業の肩書きがついている間は、ちやほやされてもそれではいい仕事をしていることにはならない。
肩書きがなくなって、1人の仕事人になったときに、どれくらいの人が一緒に仕事をしたいと思ってくれるのか?それが重要だということで、実際に、父自身がそれを実践していることは、子どもの私にも理解できることでした。
一方、母は、専業主婦でしたが、PTAの役員などもしていましたし、身の回りで起こった問題をてきぱきと解決する母の姿も、何か問題が起きた時のヒントになています。
両親は商売をしてはいなかったけれど、そんな両親の働く姿から営業ウーマンとしての自分がいかせる仕事のスキルはたくさんあったのです。
そして、その多くは、わざわざ教えられたことではなく、子どもだった私が彼らから勝手に学んだことでした。
私は娘に何を伝えることができるのか?
働きながら子育てをすることを決めた時に、1つだけ決めたことがあります。
それは「やりたいことをやってみる前から諦めない」というメッセージを伝えられるような仕事をしようということです。
過去に諦めてしまったことで、1つだけ悔やんでも悔やみきれないことがあります。
高校生の時に自分で見切りをつけてしまった音楽です。
自分の能力では、音楽大学に入学できても、音楽で食べていくことは難しい……。音大に入学するためには多額の費用がかかるということもネックでしたが、一番の理由は才能でした。
結果的に選んだ大学ではとても有意義な大学生活が送れましたし、そこでしか学べなかったであろう多くのことを学びました。だから、大学生活自体が後悔というわけではないのですが、今でもオーケストラのコンサートに行くたびに、そのハーモニーの中に自分がいないことにとても悲しくなることがあります。
ただし、悲しくなるのは、プロの演奏家でない自分ではなく、挑戦しなかった自分に対してです。
やりたいと思えば全力でやってみればいい。
全力でやってダメだったなら、その後のことはその時に考えればいい。
やってみる前から、世の中をわかったフリをするのは、将来の自分がかわいそうだ。
と、高校生の頃の自分に伝えたい……。
そして、娘にも。
口で言うのは本当に簡単。でも、それでは説得力がゼロ。
やりたいと思ったことに真摯に取り組む姿勢、これは実際に私が取り組んでみせるしか、娘に伝える方法はないと思っています。
仮に娘が職業に就かないという選択肢をとったときにも、「やりたいことはやってみる」っていう姿勢は必要ですし。
せ
さらに、そのために自分自身に誓ったことは、「仕事を子育ての言い訳に使わない」そして、「子育てを仕事の言い訳に使わない」です。
もちろん、仕事をしていれば、娘に「ああ、もっとこんなこともやってあげられるのではないか?」ということもたくさんあります。逆に、娘の突発的な病気で、仕事関係の人に(特に相棒のMARUには)迷惑をかけてしまうこともありました。
仕事に対して、いろいろな理想論は持っていても、最終的に仕事がしたいのは
だから、そのことで迷惑をかけてしまうことがあるのは事実だけど、それを起こって当たり前みたいな姿勢は絶対にとらないようにしよう。
その先輩とご飯を食べに行った際に、クライアントからの評価がとても高い、1人の営業ウーマンの話を聞いて軽くショックを受けたことがありました。
「彼女ね、お家がご商売しているから、商売のやり方が元々身についているというか、体にしみこんでいるのよね」。
私の父は会社員、母は専業主婦です。
もしかして、仕事をするスタートラインで不利な状況にあるのでは?なんて、不安になったものでした。
何しろ、大学を卒業したばかりの、何もわかっていないぺーぺー(笑)でしたから。
実際には、会社員の父の背中から、仕事について本当にいろいろなことを学びました。
「いい仕事をしたかどうかは、その名刺がなくなった時にわかる」は、どの仕事をする時にも大切にしている言葉です。
企業の肩書きがついている間は、ちやほやされてもそれではいい仕事をしていることにはならない。
肩書きがなくなって、1人の仕事人になったときに、どれくらいの人が一緒に仕事をしたいと思ってくれるのか?それが重要だということで、実際に、父自身がそれを実践していることは、子どもの私にも理解できることでした。
一方、母は、専業主婦でしたが、PTAの役員などもしていましたし、身の回りで起こった問題をてきぱきと解決する母の姿も、何か問題が起きた時のヒントになています。
両親は商売をしてはいなかったけれど、そんな両親の働く姿から営業ウーマンとしての自分がいかせる仕事のスキルはたくさんあったのです。
そして、その多くは、わざわざ教えられたことではなく、子どもだった私が彼らから勝手に学んだことでした。
私は娘に何を伝えることができるのか?
働きながら子育てをすることを決めた時に、1つだけ決めたことがあります。
それは「やりたいことをやってみる前から諦めない」というメッセージを伝えられるような仕事をしようということです。
過去に諦めてしまったことで、1つだけ悔やんでも悔やみきれないことがあります。
高校生の時に自分で見切りをつけてしまった音楽です。
自分の能力では、音楽大学に入学できても、音楽で食べていくことは難しい……。音大に入学するためには多額の費用がかかるということもネックでしたが、一番の理由は才能でした。
結果的に選んだ大学ではとても有意義な大学生活が送れましたし、そこでしか学べなかったであろう多くのことを学びました。だから、大学生活自体が後悔というわけではないのですが、今でもオーケストラのコンサートに行くたびに、そのハーモニーの中に自分がいないことにとても悲しくなることがあります。
ただし、悲しくなるのは、プロの演奏家でない自分ではなく、挑戦しなかった自分に対してです。
やりたいと思えば全力でやってみればいい。
全力でやってダメだったなら、その後のことはその時に考えればいい。
やってみる前から、世の中をわかったフリをするのは、将来の自分がかわいそうだ。
と、高校生の頃の自分に伝えたい……。
そして、娘にも。
口で言うのは本当に簡単。でも、それでは説得力がゼロ。
やりたいと思ったことに真摯に取り組む姿勢、これは実際に私が取り組んでみせるしか、娘に伝える方法はないと思っています。
仮に娘が職業に就かないという選択肢をとったときにも、「やりたいことはやってみる」っていう姿勢は必要ですし。
せ
さらに、そのために自分自身に誓ったことは、「仕事を子育ての言い訳に使わない」そして、「子育てを仕事の言い訳に使わない」です。
もちろん、仕事をしていれば、娘に「ああ、もっとこんなこともやってあげられるのではないか?」ということもたくさんあります。逆に、娘の突発的な病気で、仕事関係の人に(特に相棒のMARUには)迷惑をかけてしまうこともありました。
仕事に対して、いろいろな理想論は持っていても、最終的に仕事がしたいのは
だから、そのことで迷惑をかけてしまうことがあるのは事実だけど、それを起こって当たり前みたいな姿勢は絶対にとらないようにしよう。


