晴れ。
今月に入ってから、コトちゃんは参観日(1/2成人式)でする発表の準備で、
幼児期のエピソードや写真などを集めています。
で、私もつい懐かしく、昔のブログをプリントアウトしたものを読んでみたりして。
※そのブログ自体は閉鎖
結構おもしろいですww
最初は入院手続きの長大な待ち時間に、不平不満をノートに書きなぐったものがあって、
入院後の絶対安静のヒマな時に日記をつけ、それを簡単にまとめたものなんだけれど。
23週の段階で頸管無力症による切迫早産と診断されて、出産まで退院は無理と言われたこと。
転院する時に救急車を使わずに怒られたこと。
転院直後に産気づいて(この時は薬で押さえきった)、当時赤ちゃんは600gしかなくて、
合併症や後遺症の可能性はもちろん、命も危うい状態だったこと。
他にも食事のことやトイレの悩み、周囲の入院患者さんの様子や、
先生や看護師さんとお喋りしたことなんかが書いてある。
自分で言うのもなんだけど、割りに明るい入院生活。
出産時の様子も思い出して書いてて、「痛い」「すごく痛い」「とにかく痛い」とか、
モニターから聞こえる赤ちゃんの心音がゆっくりにならない(苦しまない)ように、
呼吸を整えようとしていたら、途中で音が途切れてビビったとか。そんなのばっかり。
ただ出産後の事は、それなりに暗かった(苦笑)。ちょっと転載してみますよ。
『NICUは、まるでペットショップみたいだった。
たくさんの小さな透明のケース。たくさんの機械。白衣の人たち。
ケースの中に眠る、宇宙人みたいな、白い枯れ枝のような腕をした赤ちゃん。少し怖かった。』
この時点からも、かなりひどいですが。
『うっ・・・ちいさい。
点滴やら、鼻から胃まで入ったチューブやら、心電図やら。色々ついていて痛々しい。
ごめんね。
赤ちゃんはちょっと口に泡をためていて、しばらく見ていたら少し泣いた。
小さいけど、普通の赤ちゃんだった。
旦那が「爪もちゃんとあるね」と言った。
赤ちゃんの指先には、キレイな形の爪がついていた。
どこも欠けていなくて、よかったと思った。
実はそれまでは不謹慎にも、早く産んじゃってラッキーとか考えていた。
赤ちゃんが入院している間に体力を回復して、外食やら遊びに言ったりとかできるって思ってたから。
だけど、ちいさな赤ちゃんを見ていたら、申し訳なくて、一緒に居られないことが残念でならなくて。』
『「赤ちゃんに触りますか?」そう聞かれたけれど、手が汗でべとべとしていて、
2ヶ月もお風呂に入っていない自分が触ったら、病気になっちゃうんじゃないかと
怖くて触れなかった。』
いやー、なんかもう、気持ちとか色々とダメな感じ。。。
でもまぁ、出産編の最後は、
『今回、出産に関しての日記をまとめていて、心から「産まれてきてくれてありがとう」と思いました。
家族や病院の人たちをはじめ、たくさんの人に支えられて産まれてきた子供です。
大切に大切に育てていきたいです』ときれいに結んでおりました。
その後は搾乳への意気込みが綴られていたのが、また私らしいかなww
さらに1年後の日記で、久々に最初の産院を訪れた時の記述を発見。
「おかげさまで母子共に健康です」と報告した私に、
「この子は運が良かったんだよ!」とお医者さんが説明しているの。
「こんなに子宮口が開いていたからねぇ、こうなったら破水するね。
そうしたら感染症が怖いから、赤ちゃんは出さないといけなくなる」
本当にヤバイ状況だったみたい。
さらに関東のNICU分布図を見せられて、その少なさにびっくり。
コトちゃん、本当に生まれてきてくれてありがとねー。
日記は2本立てのブログになり、先の3年間分はプリントアウトしてから閉鎖。
イーキくんが生まれた頃から、アメブロで1本化して今に至るわけです。長いなー。
これからもできるところまで、頑張って続けていきたいなぁ。












