私が脱ステした時の感覚。
「やるかやらないか」
それだけ。
真の意味で決断したし、誰かになんとかしてもらおうとかそんなのもなし。ひたすら自分との戦い。
すべてが自己責任。
誰のせいにもしない。
脱ステして必ずアトピーは治ると確信したのは、ドロドロに皮膚が溶けはじめた脱ステ後1ヶ月の時。
「アトピーは絶対に治る」って確信していたから、またステロイド塗ろうとは1ミリも思わなかったな。どんなにドロドロ地獄でも。
ひたすら改善のための工夫をし続ける。(←ココ重要)
脱ステ地獄はハンパじゃない地獄なので
「失敗してもやったことに意味がある」とかもありえない。
はじめたからには1%を100%にする。
ってくらいの気持ちでやったから、30年ステロイド薬漬けジャンキーから、2年で復活してるんだよー、というアホ自慢♪
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以下、内海聡先生のfacebookより↓
可能性という言葉(反応がなさそうな内容)
先住民を見習おうという考え上、うつみんの科学の中では歴史統計は重視されています。しかし量子医学的な発想で語るなら、統計というものにはまったく意味はないと考えます。これは非常に面白いことです。つまりこれは可能性の否定であり%の全否定です。この考え方で生きていける人はなかなかいないでしょうが、そうなれれば人生は非常に楽で豊かになるかもしれません。
治る人、成功する人というのは確率から考えたりはしません。すべてはやるかやらないかだけであり、間違いがない人とは何もしようとはしていない人だととらえます。真の意味で決断し実践すれば結果は必ず100%であり、どんなに表面上でいいことを言っても結果が伴っていなければ、それは決断し実践していなかったと判断するのです。これはある意味非常に厳しい考えです。
でも賢者であればあるほどこうしているのかもしれません。 できるけどやらないという人は、まったく何もできないだけの人ですが、必ずできるといいます。今日やらないで明日やろうとする段階で、すでに失敗しか積み重ねない人です。行動するときに本当は仲間などありません。真に行動するときに協力者も治療者もいません。孤独になるのが絶対の法則なのです。
人生が豊かでない人はいつも常識のレールを好みます。常識のレールは確率の法則に従うことが多く、より多くの確率がある方に流れているだけともいえます。どの分野であれ事を為す人というのは、確率ではなく成功の確率が1% あるなら、1%もあるじゃないかと考えます。でも、だって、しかしと考え人生から逃げる人は、いつも99%も失敗の確率があるじゃないかと考えます。
これは過程を重視するということではありません。失敗してもやったことに意味があるという思想は、究極的なまでに負け犬思想、奴隷思想と考えることも可能なのです。真の意味で取り組む人は1%と100%は同じであり、細い橋であっても工夫して渡ってしまえば100%です。病気と病気治療、人生と人生の充実も陰極まれば陽となるであり、バランスという感覚は不要という概念があるのです。
これはぜひ参考にしていただきたい概念です。