そして、栞のいる屋敷がにわかに騒がしくなる。
栞は結界を張るのをやめない。
「何事だ」
駆けてきた黒子に、栞のそばに控えていた嶺が訊ねた。
「アヤカシが出ました」
栞が唇を噛む。
ナナシは何とか押さえられた。でも、アヤカシは無理だったか。
「栞様」
嶺が尋ねる様に声を掛けた。
「参ります」
嶺に答えてから、富士山の方へ顔を向ける。
「姫、しばらくお願いします」
届かないと知りながら、栞が一声掛けると、結界を張るのをやめて立ち上がった。アヤカシが屋敷に出た以上結界を張り続けても意味がない。
「どこですか?」
黒子に付いて急いでアヤカシの方へ駆け出す。
結界が切れた事で、ナナシ達も出てくる。
栞がシンケンマルを出した。
向かってくるナナシを倒しながら、アヤカシへ向かう。
大広間にそれはいた。
振り袖を着た様な女のアヤカシ。
「すんなり出てこられたと思ったら、人の世は闇か。シンケンジャーの力を感じる。シンケンピンクはどこだい?」
誰にともなく訊ねている。
栞はそのアヤカシを見知っていた。
編纂していた記録書に載っていた。
「薄皮太夫」
栞がその名を口にして、太夫が振り返った。
真っ白の着物を着た栞を認める。
「お前は・・」
表情の変わらないはずの太夫の顔が、一瞬で怒りに歪んだかに見えた。
白い着物は、祝言の晴れ姿。愛しい新座を奪った女。
新座は取り殺して三味線にしてやった。
でも、あの女は。
そうだ。新座を奪ったあの女。
自分は、この女を殺すために蘇ったんだと。
己の未練の正体を知り、太夫が栞に向かってくる。
「栞様」
嶺の声。煙玉が投げられた。
「お逃げください」
「でも」
「アヤカシの相手は無理です」
変身もできない身で、その上、結界を張るために、モヂカラは大分使ってしまっている。
『力を使い切るな』
丈瑠の言葉が蘇る。
それでも、まだやれる。
「大丈夫です」
栞がシンケンマルを構えた。
煙が晴れて、薄皮太夫が近付いてくる。
「許さぬ」
太夫の目には、恨みしか映っていない。
「許さぬ」
刀を持たぬ太夫は、近くのナナシの武器を奪う。
ナナシ達も向かってこようとするのを、太夫が睨んだ。
「手出しはするな。わちきの獲物だ」
そう一喝し、ナナシは下がって、二人を取り巻く。
一人向かってくる太夫に、栞が立ち向かう。
刀同士がぶつかり合う金属音が響いた。
あまり手応えはない。薄皮太夫は、ドウコクに取り込まれて消えたと書かれていた。
多分、この太夫は、残っていた思念が実体化しただけ。
「許さぬ」
そう分かっても、怨念に満ちた刀に、栞が押される。
伝わるのは、恨み憎しみ、そして悲しみ。
薄雪が外道に堕ちた理由も知っている。
ただ新座を愛した。
ただ深く愛して、そしてその愛が裏切られた時、裏切った男を道連れに外道に堕ちた。
栞を見紛う相手も分かった。
白い着物を着ているから、多分新座の花嫁。
数百年前、二人が外道に堕ちた時、炎の中で共に死んだはずの。
しかし、薄雪が直接手を下した訳ではない。
その想いが未練となって太夫は蘇ったのだろうか。
太夫と刀を交わしながら栞がその情念に呑まれていく。
もしも太夫が見紛ったまま自分を切ったなら、今度こそ消える事ができるのだろうか。想いを残さず。
太夫を想うあまり栞の中に迷いが生じる。
それでも思念だけの相手に、負けるはずはなく、栞が刀を振りかざした。
そのまま振り下ろせば、太夫を倒せる。
しかし、最後の一瞬、栞はそれをためらった。
その瞬間、薄皮太夫の刀が舞う。
栞の身体に熱い衝撃が伝わり、刀を構えたままその場に崩れ落ちた。
白い着物が真っ赤に染まっていく。
薄皮太夫の顔が、満足そうに微笑んだ様に見えて、ナナシと共に隙間に消えていった。
「栞様っ」
嶺の声が聞こえた。黒子達が駆け寄ってくる。
薄れ行く意識の中で、はっきりと丈瑠の顔だけが浮かんだ。
「丈瑠様・・・」
声にならないその名を呼んで、栞は目を閉じた。