急ぎ屋敷へ戻る。
ほとんど倒れ込む様に丈瑠が栞の寝かされている座敷へ入った。
入れるのは丈瑠だけで、家臣達は、手前の部屋までしか入れない。
血の気もなく横たわる栞を見て、丈瑠が立ち尽くす。
「殿」
枕元に座っていた彦間が沈痛な面持ちを丈瑠に向けた。
「何があった」
「嶺の話では、屋敷に薄皮太夫が現れたと」
丈瑠が頷く。それは茉子から聞いている。
「栞殿が相対し、戦いは栞殿が優位であったと。ですが、最後はまるで、栞殿自ら切られた様だったと」
隣の部屋で話を漏れ聞いている茉子にも思い当たった。
薄皮太夫は、思念の固まりが形を成しただけの様に、本来の力は持っていなかった。あれに栞が負けるはずはない。
「・・・容態は」
聞くのが怖くて丈瑠の声が震える。
「傷が心臓の近くまで達しており、意識も戻りません」
「栞・・・」
丈瑠が枕元に膝を付いた。
いつもの寝顔と同じ、穏やかに眠っている。
約束した。必ず戻ると。約束通り帰ってきたのに。
震える指で頬に触れる。
「今宵が、峠だと」
彦間の言葉に、丈瑠が堪える様に唇を噛んだ。
薫も遅れて戻ってきた。
同じように枕元に倒れ込む。
「栞、無理をするなと言っただろう。何故こんな・・・」
薫の主治医が、付ききりで処置をしている。
「手は尽くしました。あとは栞様のお気力だけ。・・・ですが」
医師が言葉を切る。
「何だ」
薫が訊いた。
「・・・栞様に、その生きる気力がございません」
言いにくそうに医師が答える。
「どうして・・・」
その言葉に、丈瑠が拳を握りしめた。
「どうしてだ」
隣の部屋で待っている五人にも、中の声が聞こえる。
「何でや、栞はん。殿様がいるのに」
ことはが声を上げた。
「・・・丈瑠が悪いのよ・・・あの子、あんなに怯えてたのに」
丈瑠を責める茉子を源太が止めた。
「茉子ちゃん、やめろ。丈ちゃんが一番辛いんだ・・・俺たちは向こうで待ってよう」
源太が強引に茉子を連れて、別の部屋へ行く。
流ノ介達も従った。
中にも茉子の声が届いていた。丈瑠の肩が震えて唇を噛む。
「私たちも、向こうで待つ」
気付いた薫が、医師と彦間を促し、丈瑠だけを残して部屋を出た。
丈瑠が栞の手を強く握った。
脈もほとんどない。
「どうしてだ」
いくら訊いても返事などないのに、それでももう一度訊く。
丈瑠を失う事に怯えていたのはいつも栞の方だった。
丈瑠さえ手を離さなければ、栞を失う事はないと。
こんな風に、簡単に消えてしまう日が来るなどと考えもしなかった。
冷たくなった手に熱を伝える様に、丈瑠は手を握り続ける。
「駄目だ・・・・俺を置いて逝くな」
丈瑠の唇が震える。
「俺を・・・一人にするな」
丈瑠の涙が落ちて、栞の頬に伝った。