丈瑠と入れ替わりに、彦間と医師が部屋へ入り、丈瑠はそのまま座敷へ入った。
「丈ちゃん」
丈瑠がふらついて、駆け寄った源太の肩に手を付く。
「大丈夫か」
「さすがに参った」
日食の消耗戦の後、五日間、ほとんど寝てない上に、三途の川まで行って来た。
「でも俺たち、ちゃんと間に合ったんだよな」
源太が涙を拭く。
「・・・ああ」
丈瑠が素直に笑顔を見せた。
あの時、栞は確かに手を伸ばした。その手は届かなかったけど、栞はちゃんと帰ってきた。
「あとは私が付いてるから、もう休んで。そんな姿じゃ、栞ちゃんが心配する」
茉子の申し出を、今度は丈瑠も素直に受けた。
源太に付き添われて、座敷を出ようとした丈瑠が、立ち止まる。
「眠っている間の記憶はなかった・・・あまり、責めるな」
茉子に、半分顔を向けて言う。茉子が笑って頷いた。
「分かってる。悪いの丈瑠だし」
丈瑠が小さく笑って、今度は本当に出て行った。
医師の診察が終わり、丈瑠の代わりに茉子が栞の部屋に入った。
「丈瑠様は?」
栞が目で丈瑠を探す。
「少し休むって。栞ちゃん五日も眠ったままだったんだよ。その間ずっと、寝ないで付いてたから」
そう言われれば、丈瑠はとても疲れて見えた。
「栞ちゃんって、ほんとに丈瑠が好きだよね、こんなんでよく・・・」
茉子が言葉を切って、呆れた顔をする。
「付いてるの私じゃ駄目?」
栞が慌てて小さく首を振った。
茉子が笑ってから、真顔に戻る。
「ごめんね、栞ちゃん。薄皮太夫は私を捜してた」
栞が思い出す。確かに広間で、太夫はシンケンピンクを探していた。何か因縁があるのだろう。
「茉子さんのせいではありません。私が弱かっただけです」
「太夫に、同情したの?」
茉子に聞かれて、目を伏せた。
「そうじゃなければ、あんな抜け殻の様な薄皮太夫に、栞ちゃんが負けるはずない」
「・・・私を、新座さんの花嫁だと思っている様でした」
「私にもそう言った。あの女を殺してきたって」
栞が頷く。
「だからなの?その女性の代わりに栞ちゃんが切られれば、太夫の未練を消してあげられるとでも思った?」
栞が右手を握りしめる。さすがに茉子だ。全て見透かされている。
「何となく分かる。薄雪の事を考えると、私も太夫を憎みきれなかった。でも、それでも、倒さなければならない相手だから」
だから迷わず切った。
「分かっています。そうできなかったのは、私の弱さ。丈瑠様にもずっと言われていました」
いつか命取りになると。
茉子が栞の右手に手を添えた。
「でも・・・本当にそれだけ?」
茉子にじっと見つめられて、栞の視線が泳いだ。
「・・・薄雪の気持ちが分かりました」
ただ一人の相手をひたすらに愛しただけ。
「私も同じだと。その愛を失った時、自分は外道に堕ちない道理がどこにあるだろうか。と」
「栞ちゃん、それは違う。世の中、思いの叶わない人なんていっぱいいる。その人達がみんな外道に堕ちてたら、この世は大変な事になる。でも、そんな事はあり得ない。薄雪は、初めからドウコクに魅入られていた。だから外道に堕ちただけ」
それでも、薄雪の気持ちが分かった。
「だから死んでもいいと思ったの?丈瑠より先に、一人残される前に」
「そんなこと・・・」
栞が唇を噛む。
思わなかったとは言い切れない。
本当はずっと怖かった。いつ命を懸けてしまうかもしれない丈瑠のそばにいる事が。
覚悟はできているつもりだった。でもあの日、突然もう丈瑠は戻ってこないのだと知らされて、覚悟など何もできていなかったことを思い知った。地面が無くなったかのように、ずっと落ちていく感覚だった。再び丈瑠に抱きしめられるまで、何をしていたのかも定かではない。あの日から、ずっと怖くて堪らなかった。
それでも、丈瑠のそばを離れる事ができなかった。
そうだ。薄雪のためじゃない。ただ怖くて、楽になりたかっただけだ。
だからあの時、太夫のために死んでやろうと思った。薄雪の恨む女性の代わりに死ねば、太夫の未練を断ち切る事ができる。そして、苦しむことなく丈瑠から離れられる。
栞の目から涙が零れた。
今幸せなまま死んでもいいと思った。でも、切られる瞬間丈瑠が浮かんで、結局身をかわした。
そうでなければ、刀は心臓に達していた。
「何でそんな事。栞ちゃんがいなくなったら、みんなが悲しむと思わなかったの?丈瑠が、どれだけ悲しんだか分かってる?栞ちゃんが眠っている間、誰とも代わらずそばにいた。ほんとは、動かしちゃいけなかったのに、お姫様のお屋敷から連れて帰ってきたのも丈瑠だよ。もしこれが、私か、私たちの誰かでも、丈瑠はそんな事はしない。心配はしてくれても、動かすなって言われたら、向こうの屋敷に預けてくるし、ずっと付いていたりもしない。栞ちゃんだからだよ。誰も代わりになんかなれない」
「・・・ごめんなさい」
泣きながら、栞が謝る。
「もう、二度としちゃダメ。栞ちゃんの代わりはどこにもいない。栞ちゃんが丈瑠を失う事を恐れる様に、丈瑠も栞ちゃんを失いたくないんだよ。忘れないで」
茉子がそっと栞の涙を拭いてくれた。