雨降りの日曜日
急に涼しくなりました
そしていっぱい雨も降りました
夏はもう終わり。
季節は確実に移ろいゆきます
わたしの日常の裏側で
父の闘病は続いています。
父の抗がん剤治療は
インターネットで見聞きするよりも
薬剤師のお兄さんから説明を受けるよりも
はるかに(目に見える)副作用は少なく
今のところ激しく吐いたり、髪の毛が抜けたりすることなく
「思ったよりひどくない」状況が続いています。
とはいえ、1回目よりも2回目の治療は
確実に父の体力を奪い、ダメージを与えているように感じます。
それでも、治療前のひどい貧血は改善され
笑ってしまうほど「食欲」も旺盛で
食べなきゃ損とばかりに思いつくもの、目に飛び込んできたものを
母にねだって作ってもらい、嬉しそうに食べている父を見ると
今この段階において「化学療法」の効果は父にとってはプラスであると
実感しています。
ただ、治療の苦しみはやっぱり本人にしかわからないものだと
最近改めて思います。
自分のカラダに癌を抱えたまま生きるということは常に孤独と不安を抱えて
生きていくということなんだと思います。
そしてその孤独も不安も、治療や副作用に対する恐怖も
誰も代わってあげられないものなんだと強く思います。
代わってあげられないことだとわかっていながら
それを同じように感じ、一緒に寄り添うことは
唯一家族にできることなんじゃないかとも思っています。
病からくる孤独や不安からなのか
生きることに精一杯だからなのか
急に仕事を辞めたからなのか
2回目の治療を終えた父は
不満やイライラを日々膨らましては母にぶつけるようになりました。
些細なことで苛立ち、その苛立ちをそのまま言葉にしては
母を傷つけ、傷つけていることにも気づかずに。
先週実家に帰ったときに、あまりの空気の刺々しさに
わたしは逃げ出したくなりました
実家にいて「ここにいたくない
」と思ったことはオトナになってから一度もなかったので自分の感情にも戸惑いました。
そして、父のために生活が180度変わっても
それを妻として当たり前に受け入れ、献身的に父を支えようと、
押し寄せる不安や厳しい現実に心を揺さぶられながらも
常に傍で身を削っている母の心情を理解できない父に対し、
ただただ悲しいと思いました。
癌がわかったとき、
癌との戦いを受け入れたとき、
そこには穏やかで優しくて、切ない空気が満ち溢れていました。
父から発せられる空気も優しくて温かだったはずなのに。
今、父のまわりには棘が張り巡らされています。
一番近くにいる母は棘に刺され傷ついています。
どうか
二人に穏やかな時間が流れますように・・・
願っても願っても
どうしたら願いが叶うのかわかりません
大好きなパパのまま生きてほしいのです。
わたしたちに弱いところを見せたことがない人だからこそ
今、どうしていいかわからないのかもしれません。
そのどうしたらいいかわからないもどかしさの表れなのでしょうか。
パパが一日も長く
幸せで笑っていてくれることを心から祈ります
そして
パパを支えるママが悲しみや苦しみをこれ以上抱えないように
パパが最後までママを守ってくれることを
毎日毎晩、祈っています
病気を抱えて生きることも
病気を抱えて孤独に耐える家族を支えることも
同じくらい難しいことですね・・・
難しいな。。。
でも少しずつ、きっと少しずつお互いに慣れていくんだと信じよう。
そして慣れるにつれ、また少しずつ優しさやぬくもりを
確かめ合いながら生きていけると信じよう
すべてわたしのヒトリゴト
今日のhappy
ハンバーグが美味しく作れたこと。
お気に入りのチョコレートを夫も美味しいと言ってくれたこと。
おやすみなさい・・・