畑の重機は爺さんの物ではなく、父。ゴボウの収穫に動かないそれを持つ。


 畑仕事が大嫌いな父。「バラして鉄屋に売るんべ」と言う。


 それで良いのと問い正すと、初めからゴボウを作る気も無かった。希望を抱いて空想しているのが楽しかった と言う。バラすか修すかは気分次第だな……と。


 バラし始めると遥かに難しい。「あんなんもできねんきゃ、俺がやってやるよ。」期待のスーパーマンにバトンタッチ。…………


「ありゃ無理だな。」二人は早々に業者へバトンタッチ。解体できた鉄は時給換算で300円程の富を産んだのだ。


 物に『希望』と言う自分の心を宿す。そんな父の気持ちはわかる。


 そういえばブルーベリーやり始めた頃、パイナップル🍍の枯れかけの 葉っぱ植木鉢に生けたけど、あれどうなったかな?




希望は形を成したのだ。


 道が閉ざされても、経路を変えて納得できる目的地へたどり着く。人生は捨てたものではありません。

………………………………大袈裟か。