今後、半端な話をいろいろとダラダラと書こうとしているわけだが、今日はどんな話題にしようかと、さっき中途半端に冷えたコーヒーを中途半端にまずいなと思いつつ、啜っていてボンヤリ考えていたことを書けばいいじゃんと思った。
何かというと数点のことわざについての疑問である。
疑問というほど大したこと無いけど、まあ、ちょっと。
1.のれんに腕押し
これは、「何を言っても、確かな反応がないなぁ(怒)」という、のれんに対する悪意すら感じられることわざだが、仮に腕で押してしっかり反発するようなのれんがあったら危険だ。
居酒屋とかうどん屋に、スカじゃなくって反発の強いのれんを掛けると、入るたびに、客は前頭葉に打撲傷を負うことになり、結果として痴呆、人格障害、あるいは若死者が増えることになる。
これは、少子化以上に由々しき問題だ。
まったく。のれんというものは、押してもスカであるべき機能として設計されていることを、このことわざの作者は理解しているのであろうか?
2.猫に小判
わざわざ、「猫に小判をやっても意味が無い」というようなことを教えてもらわなくても分かりきった話である。
そもそも、小判が貨幣として流通していない現代社会において、このことわざはナンセンスでしかない。
だからといって、「猫に万札」にしたらどうか?という馬鹿げた提案をするつもりはさらさらない。
というのも、仮に万札を与えて大喜びするような猫が現れたら、怖いからである。わたしは、怖がりなのである。
3.馬耳東風
東風ってなんや?
それが分からずに、あいまいな理解で使ってる人、多いんではないだろうか?
こういう古臭い、現代の日常会話に出てこないような単語を使ったことわざは、法律で廃止すべきである。
4.馬の耳に念仏
なんで馬やねん?犬でもええやんけ、猿やったらあかんのか?
というか「俺の耳に念仏」でも、ことわざが言いたい意味を達成する。
要するに、馬じゃなくってもエエんである。
このことわざを作った人、「してやったり♪」とさぞや得意顔だったに違いないが、なんのことはない。大したことわざではないのだった。
5.馬鹿と鋏は使いよう
馬鹿を馬鹿にするこのことわざ。人権侵害もはなはだしい。よく、アムネスティあたりが黙認しているなと不思議でしようがない。
馬鹿でも人間だ。それを、人間ではない道具にすぎない鋏と同列に「使う」と言い切るとは、いい度胸をしているじゃねぇか。泣かすぞ、コラ!とこのことわざを作った人をいじめてみたい。
6.石の上にも3年
石の上に3年も座り続けていたら、まあ座ってる最中に点滴を打つとか、水分を絶やさないとか、万全の医療体制で臨んだとしても、3年後には確実に足腰が立たなくなってしまうやないけ。
アホちゃうんか、このことわざ考えた奴。
ということで、現行憲法の追加・修正条項1として、「ことわざの廃止」を提案するものである。
・・・アホである。俺が。