また一年経ちました。
色々ありすぎて。
今も色々あります。

息子は冬休みに一時帰国して、また戻りました。
が、一週間もしない1月半ばに学校へ行かなくなりました。ガーディアンからラインがきたり、コーディネーターからラインがきて。
そうこうしていると、あまり休むと退学になると。もうダメかな、と。
最終的には、生きていれさえすればいい。
なんとかなる!と、究極?投げやり?に。

なんだかんだと留学したくなかった!けど仕方なく行った。彼の言い分は人のせいにして終わります。でも、もしかするとNOと言えないようなプレッシャーを与えていたのかもしれません。
部屋にこもりっきりというのを聞き、すぐに飛行機を手配して今回は私一人で二泊三日で向かいました。
これまた💦慌てている上に、パスポートが三ヶ月きっているのも忘れて‼️
ハイ!もちろんKLで国内線乗り換えで入国できずイミグレで怪しい方々と待合室で呼び出しを待ち、引き返すように指示してされました。
日本人だし、帰りのチケットあるし、なんとかなると甘〜く考えていたので頭の中がパニック‼️
しかし、行かなくてはいけない‼️
担当者に息子が病気で迎えに行かなくてはと食い付いてもダメ🙅‍♂️🙅‍♀️🙅‍♂️ダメ
諦めてチケット買おうかとウロつくけどそれもよくわからず。
ならば、やっぱり私は行く‼️行ってやる‼️
いちかばちかで、再度乗り換えのパスポートチェックの場所へ。もちろん同じ人がチェックしてるので、またおまえかよ!的な顔をされ、帰れと指示され。でも、行かなくてはいけない‼️
泣きながら訴えました。まあ、いけてない英語で泣き落としました。
そんなわけで、強引に入国‼️‼️
後から聞いたところ、大統領が替わったばかりで不正を無くすため裏金を出したら捕まっていたそうです💦まあ、そんなん思いつく余裕はありませんでしたけどね。

ばたばたの末、迎えに行ったら
ああ、一人で帰れるのに。と、あっさり。
スティ先を引き上げるための手続きして、ガーディアンとコーディネーターの方にお礼をして、本帰国。あっけない本帰国。
息子も大変だったろうけど、日本で心配だけして、連絡を待つのも毎日毎日大変だったのよ。
何もしてあげられない、側にいられない、気持ちだけの苦労はなかなか大変だった!
なんだったんだろ?今はそう思う。

そして、彼は日本の学校という制度が嫌だったのではなく、ただ自分で自分にプレッシャーを感じていたのだと。周りや私たちの言葉に敏感になっていたのかもしれないな、と。もう少し様子を見るべきだったと。このまま不登校になったらどうしよう!と、そればかり考えていたから、すぐに解決したくて慌て過ぎたのかもしれない。
私たちがしたかったことを彼に押し付けたのかもしれない。夢を叶えられなかった親が子供に託すようなバカな真似をしていたのかもと。