せっかく授業料を払っているからとか言って、
一応単位は足りたけど四年生の前期の今も
私は大学の授業をたくさん登録している。
そんな中で特に一番出ているのがあって、
それが国際援助関係のとある授業です。
毎回ODAなど関連のPPT以外に、
各テレビ局のドキュメンタリー番組もよく紹介されている。
それでこの間は、
バングラデシュのBRACについてのNHKファイルだった。
初っ端から10以上のレンガを頭に乗っけて奔る労働者の映像や戦前の日本より凄まじい環境が映ってて、ついつい見入ってしまった。
時間が限られ番組内容についての詳しい紹介はなかったから家に帰って調べてみたら、
BRACというのは、農村部の貧困を解決するために1973年に立ち上がった組織のBangladesh Rural Advancement Committeemのことだった。これは世界最大のNGOとして国の一つの機関ともいえるほどの組織で、職員10万人、年間予算600億円で、今までバングラデシュ国内に5万校を建てたり、医療や農業などにも大きく貢献してきた組織である。
30分ほどの映像で紹介された町はリーマンショック前の首都ダッカ(Dhaka)だった。
主人公は豊かな生活に憧れ、地方から大量に移住してきた貧しい人たち。
資金もなければ土地もない貧困層にまちの銀行は見向きもしない。
ただし、BRACの下の銀行Brac Bankはまさにその貧しい人たちを助けるために存在していた。
14歳から紡績工場で働き始めてコツコツと技術と資金を身につけた一人の30代のバングラデシュ青年がこの銀行から低い金利で大金を借りて、ダッカで紡績工場を立ち上げたエピソードがあった。
最初彼が雇えた社員はたったの16人で、一つのコンセントで八台のミシンを動かし、納期に追われる毎日を送っていたという。
銀行から信頼を失いたくないがため謝金の返済、そして会社の将来のために一生懸命働いていた。その結果、たった三か月で社員は125人に増え、売り上げも四倍の90万円にまで達した。
何より最後の青年と彼を支える妻の笑顔が眩しいくらい輝いて見えて、とても感動した。
それともう一人、病気になった夫と子供のために売店を救おうと、銀行からお金を借りた婦人がいた。
彼女はなんとか借りられた5000円で大量の商品を仕入れ、厳しい返済期限までに地道に店を営み、売り上げを三倍も増やし、見事成功した。
本当ならもし彼女が失敗した場合、担保の土地も何もない彼女は銀行に約束した通り、5人の(同じくとても貧しいであろう)友人が保証人としてそのお金を返してくれるということになるのだった。それもまた素敵な助け合い。
逆境で頑張っている彼らの言葉はとても私の心に響いた。
「豊かになる方法を教えてくれたおかげだ」
「頑張ることなら負けません」
日本の現状はそれほど分かっていないだろうけど
「これからは私たちが日本の先を走るぞっ」
「日本よりまだまだ発展する!」
と、農村の婦人たちが日本のカメラに向かってとてもイキイキした顔でそう言った。
きっと、彼女たちの未来は夢と希望に満ち溢れていることだろう。
本当にすごい勇気をもらった。
そして、いろいろ思うこともあった。
豊かになりたい、強く生きていきたい!と主張する日本人、今まで一度も見たことがない。
それに、靴も履いてないでご飯もちゃんと食べれてなさそうな人をもこの日本で一度も見たことがない。
なぜかというと、留学生にしろ出稼ぎにしろ、この日本に入るのにはある程度の資金力が求められているからだ。
でも私の母国では今でもまちでそういう人を見かけるから、いい意味でも悪い意味でも刺激を受けていた。
慣れってこわいね。
でもバングラデシュの話に戻ると、
先進国の市場ニーズでこれからまた更なる発展を遂げるこの国々は、
きっともっと豊かになるけど、
その先、数千万人単位の貧困層の需要や消費力が上がるのに連れ、
食糧や資源における先進国或は途上国との世界的な獲得競争はもっともっと激化するだろうと思った。
だから、そんな重大な問題に将来対応しきれるか分からないけれど、
絶えることのない新技術の開発や先進国からの巨大投資も、ある意味とても素晴らしい世界規模の助け合いなのかもしれない。
「社会的貢献」&「ビジネス利益」、
どっちをとるかとかじゃなくて、
どうすればバランスよく両方を実現させるかが優先されるべきだと思う。
これから内定先の元でどんな環境でどんな仕事が与えられるか分からないけど、
「誰かのためになれたら」という思いでやり遂げたら嬉しいな。
PS: 感想文書けって言われてもないのに、あまりに感慨深くて1800字も書いてもうたw
私の日本語、ちゃんと通じてるだろうか。。。
ここでウザイと言われようと、ぜひこの曲を聴いて頂きたい。

「なんて素敵な世界に生まれたのだろう」AKB48
