新藤兼人監督が語る人生、脚本を命がけで書くこと。 | 生命(いのち)を輝かせる言葉の森

新藤兼人監督が語る人生、脚本を命がけで書くこと。

新年も7日となり、多くの方は日常の日々に戻られたことと思います。

私はお正月に集めている資料を整理していて、あるページにふと目が留まりました。

それは、今年100歳になられる、現役最長老の映画監督新藤兼人氏が以前ある新聞に書かれていたエッセイでした。

(引用ここから)

巨匠溝口健二監督に師事していた時(1941~2年ごろ)に、私は自分のシナリオを認めてもらえませんでしたから、大変に落ち込み、書くことをやめて根本からやり直さなくてはと考えました。
そして『近代劇全集』43巻と『世界戯曲全集』の両方合わせて80巻を約1年半かけてすべて精読したのです。
まるで学校へ行ったようなものですが、世界にはすごい人がいる、及びもつかない戯曲家が既に多く存在している、と目を開かされました。

 ここで私がつかんだのは、世界の優れた人は自分の生き方や生活、考え方を命懸けで書いているということでした。
絵空事でもなければ、客観でもない。作者自身が痛切に感じ、考えた事が表現されていなければ本物ではないと、この読書でやっと理解出来たのです。

私は幸運でした。

どん底の精神状態で、仕事もない。

裸の心と時間だけがあったおかげで本物を受け入れる素地が出来ていたのです。

また、何年も現像所でフィルムを触っていたからこそ、実物をこの手で知っているという誰にも負けない誇りも持てた。
人間のドラマを描く本物のシナリオ、そしてそれを焼き付けるフィルムの手応え。
さらに(昭和19年4月)徴兵されても無事に帰国出来た強運も感じて、自信が内側から力強くみなぎってくるのを実感していました。

 人は面白いものです。
自信を持ち、納得して心の軸が定まるといくらでも仕事が出来る。
私は5年間で50本以上のシナリオを書き、評価され、さらにその後も次々と書きたいテーマがあふれてきました。
私自身から発露する思いを掘り下げれば、それは人の真実と重なる。
考えはそこに行き着いたのです。

(引用ここまで)

巨匠に自分のシナリオを全否定されたら、希望を失うのはいたしかたないことです。
新藤氏も落ち込まれました。
絶望といってよい時間を得たことが、結果的に幸運だったと言えるのは凄いことです。
その時間の中で、名のある作品は書き手の命懸けの想いがあふれていることに気づく。
禅の悟りにも似て、自分を空っぽにしたから、本物を受け入れることができたこと。
徴兵された同期の多くが戦地で斃れる中無事に帰国したことで表現者としての強運を信じられたこと。

それらが一緒になって自信となり、心の軸となる。

さて、自分の自信と心の軸。

これを見つければ、必ず人(他人)の真実とも重なるという言葉。

この言葉を前にしばらく資料整理の手が止まった時間を楽しませてもらいました。

ではまた