眠れない夜は誰のせい?

そう、俺のせいです。
自業自得です。

まず初めに、後藤さん、湯川さんのご親族、親しい方々には心からお悔やみ申し上げます。
おそらくご本人たちは相当の覚悟はあったかと思いますが、周りの方々も同様だとはとても思えず、心中お察しいたします・・・・などとは軽々しく言えないですが。
やはり、こういう結果になってしまったのは、ひとりの日本人としてもとても残念で、悲しい気持ちでいっぱいです。

いろいろ話題になりつつも、いまいち本筋の議論がどこにも見えないISISの拉致監禁→身代金→○○の問題についてですが・・・・
いろんな推測や考察のサイトを巡ってみたけど、イマイチ本筋が見えてこないんですよねぇ。。。。


【前提】
俺的には、もちろん今回の一連の出来事の「一番の原因」って考えたらISISの上層部だと思うし、後藤さん、湯川さんと政府の責任論についてとやかく言うつもりはありません。
また、自分自身の知人・友人のイスラムを信仰する国の方々は皆とてもいい人ばかりなので、イスラム教や、イスラムを国教とする国には悪い感情は一切持っていませんよ。
ついでに日本国内でも特定の政治団体や宗教を支持もしていません。
そこんとこヨロシク。


てなことで、どうも気になっていることがあるのですが。
いろいろ情報を収集整理してると、政府と湯川さん、後藤さんのどちらに責任があるだとか(政府の責任論とか)、あるいは身代金を払うべきだったかどうかなどの検証は
いろんな方がされていましたので、各自調べて考えてみればいいとして。

どうも『安部内閣の動き』って考えると、腑に落ちないことが多いんですよねぇ。

時系列で考えると、
2014年8月頃、湯川さんが拘束される
→10月下旬頃、後藤さんが拘束される
→10月末には後藤さんの親族が外務省に行方不明と相談
→12月頭に後藤さんの親族が拘束されてることを知って外務省に相談
→翌年1月までに身代金の催促が度々あり、金額が吊り上げられる

こんな感じですが、外務省は安部さんと特に親密なことから(後藤さんの訪問はN◎Kの取材と見せかけた湯川さんの状況確認説とかは話題が反れるので置いといて)、
安部さんは後藤さんの状況は知っていたと考えるのが妥当だと思いますわ。


そんで、忘れちゃいけないのが「アベノミクス解散」ですが、誰もが『なぜ、今?』『なんの必要があって?』って考えたことですけど、解散時期が11月21日で
選挙が12月14日ですが・・・年末も近づく慌しい中で争点が見えないうえによくわからないまま選挙が行われて、結局は最低の投票率で自民党が圧勝でしたね。

実は投票率が低いと、票田が整ってる(業界団体から支持を得ている)自民党が安定した票を獲得できるから他の野党より断然有利なんですよねぇ・・・
(ちなみに共産党・公明党は全く別の固定票があるから、ここの「野党」からは除きます)

業界団体の支持は、言ってみれば『当選したらオマエの団体に便宜を図った条例を作るから票を入れてね♪』なので、確実に票が計算できるし。
(具体的には、例えば1000円くらいの理髪店が流行りだしたときに「頭を水(湯)で洗う設備がない店は営業しちゃいけない」なんて条例ができそうになったり。潰れたけど。)
もちろん政治家は当選しないと理想も政治も何もないから、当選するために固定票を欲しがるのは無理もないのですが。。。。

話を戻すと、安部さん(安部政権)は『後藤さんが拘束されたことを知って、無理矢理選挙を行った』とも取れるんですよね。
もちろん、そうするからにはそれなりに動機が必要ですが、安部さん悲願の「憲法9条改正」と考えれば、辻褄が合うような。
憲法改正に必要だったのは衆議院の「2/3」だけど、それだけじゃなくて大前提の世論の支持も必要なんですよね。
そう考えると、10月末~11月頭に後藤さん拘束の報が入って、『今選挙をやって、野党に対抗馬もいないし師走の忙しさにまぎれて圧勝して、その後で後藤さんのニュースを広めて
反イスラム感情をあおれば一気に憲法改正できるんじゃね?』っていう考え方があってもおかしくはないと思う。

ちなみにこの場合、後藤さんの最終的な安否は関係なく『日本人が拘束され、身代金を要求された』っていう事実だけで十分世論をあおれますしね。
それに、1月の「ISIS対策として2億ドル払います」で挑発すれば、ISISも後藤さんを人質に何らかの動きをすることは予測できますし。
そうすると各報道であったように、今月頭に身代金の支払いとかの件で日本政府が積極的に動かなかったように見えた(例えばISISと橋渡しができる某氏に頼まなかったり)
理由もわかるような。

そんでここまでの安部さんの思惑外れとしては「外務省が10月末の時点で後藤さんの拘束を把握していた」っていう情報が漏れたこと、そして後藤さん殺害後にも思った以上に「対イスラム」が
盛り上がらなかった(ISISのクソコラとか変な方向に盛り上がったおかげかも)ことだと思います。


以上、ここまで俺の勝手な推測ですが。
誰もアベノミクス選挙に絡めた考察は出してなかったようなのであげてみました。


【結論】
今回の一件やこれからの対応については成り行きを見守ることになりますが。
とりあえず『若者はみんな選挙に行け!』と言いたい。
先に挙げた業界団体は年配の人が多いし、投票してない人は若い人(20~40代くらい)が多いし。
だから若い人がそれぞれの価値観でいろんな角度から政治を考えて、「ちゃんとした政治しないと当選させないよ」って考えを持って、とある維新の会が一気に伸びたときみたいに(
あの時は政策じゃなくて「人気」と「何かやってくれそうな期待感」だけど)固定票を脅かせるくらいにならないといけなんだよなぁ。
そうすれば、それだけで無謀な政策は潰せるので、みんなで平和な日本を作りましょうよ。ホント。

皆様コンバンワ。
おはようからおやすみまで世界を見つめる変態です。


時期的に初詣の話題がちらほら出てきていましたが、意外と初詣に限らず参拝するマナーを知らない方が多かったのね。。。
てなことで、一応、参拝の基礎知識。


◎鳥居は順番にちゃんと潜って、潜る前にお辞儀をしましょう。誰かの家にお邪魔するときには玄関で「ピンポ~ン。こんちはぁ~」って挨拶するのと一緒です。

◎参道の中央は神様の通り道なので、中央は避けて歩こう。ちなみに、できれば左側。たいてい手水舎は入ってから左側にあるので。
神社内の配置を語ると風水とか気の流れの話になるので、気になる人は質問してください(--)ノ

◎手水舎での手順は、
 「右手で柄杓を持って左手を濯ぐ」
→「左手で柄杓を持って右手を濯ぐ」
→「右手で柄杓を持って、左手の掌にためて、それで口を濯ぐ(柄杓には口をつけない。口を濯いだらゴックンしないでペッってする)」
→「もう一度、右手で柄杓を持って左手を濯ぐ」
→「柄杓を濯ぐ。水を溜めるところも握ったところも、全体的に濯ぎましょう」
文字にするとめんどくさそうだけど、手を動かしてみると結構簡単ですね。

◎手や口を清めたら、参拝。
まず神前(賽銭箱とか鈴のところ)で一揖(軽くお辞儀)をして、鈴を一回ガラガラしましょう。「かみさまぁ~来たよ~」の合図ですね。

そんでお賽銭(入れるお賽銭は下記参照)を入れます。ちなみにお賽銭はお供え物ですのでそっと入れましょう。買い物でお釣りを投げて渡す店員さんはいませんよね?そういうことです。

そしたら「二拝二拍手一拝」です。二回お辞儀をしましょう。二回手をたたきましょう。一回お辞儀をしましょう。
お辞儀をするときは、腰をしっかり(なるべく直角)曲げて、背筋を伸ばしたまま頭を下げます。
拍手は、てのひらをぴったりあわせて、ちょっと右手を引いてパンパンします。拍手や合掌は・・・語ると陰陽道の話になるので、ひとまず割愛。

そして「二拝二拍手一拝」の最後のお辞儀をしながら神様にお願いするのですが・・・
まず、心の中で自分の住所・氏名を言います。誰だかわからなければお願いも叶えようがありません。
そして「神様いつもありがとう!そして自分のまわりのみんな、いつもありがとう!僕はみんなのおかげでこんなに元気です」と感謝の意を示しましょう。
そのうえで、お願い事を唱えましょう。私利私欲にはしらず、(自分も含めた)みんなが幸せになるようなお願いにしましょうね。
・・・・ですが、初詣は混雑しているので手短に(^^;

そしたら、軽く挨拶のお辞儀をして退散しましょう。

◎参拝後、参道の左側を歩いていくと(やっぱり中央は避けます)おみくじがあります。
お約束としてひいてみましょう。
良い結果が出たら、財布にでも入れて持ち歩きましょう。幸運は身近においておきましょう。
悪い結果が出たら、おみくじを縛る場所(気に縛っちゃダメ、絶対。木が傷みます)に縛っておきます。神様が悪い運を引き受けてくれます。ヨロシク。

◎神社を出るときには、鳥居を潜ったら「おじゃましました~」的な挨拶の軽いお辞儀を忘れずに。

ざっくりとした流れは、こんな感じでしょうか。
ちなみに流派によっても違うようなので、あくまでご参考に。


そして後回しにしたお賽銭について・・・・
これはいろいろと言われていまして。
「神様にお金を入れたことを知らせるため、音が出る小銭がいい」
「景気よく札を入れろ」
「ご縁があるように五円玉とか」
「穴あき銭(五円玉やら五十円玉)は運気が逃げるので×」
「いやむしろ穴あき銭のほうが風通しが良くなるので・・・」
などといろいろ言われているようですが。

個人的な解釈ですが、お賽銭の金額や貨幣は何でも良いのかと(^^;
あくまでお賽銭は「願い事の対価」ではなく「お供え物」なので、金額よりそこに込めた気持ちのほうが大事だと考えております。
たてば「お札を入れる」にしても、億万長者の一万円札より、貧しい方の五円玉のほうが気持ちとしての価値はあると思うし。
げんを担ぐために「ごえん」にこだわるのも、穴の有り無しにこだわるのも、それを気にして気持ちがマイナスになるなら、気にしないほうが良い一年を迎えられそうな気がします(^^)


初詣にもいろいろとマナーがありますが「めんどくさい!」「細けぇことはいいんだよ!」という方もいらっしゃいますので・・・・それはそれで、良いと思います(・・)ノ
大事なのは新年を迎えるにあたって、神様、そして自分のまわりの皆様への感謝の気持ちを確認することだと思うし、それを形式化したものが参拝の作法だと思っております(個人の意見です。違っていたら、それは妖怪のせいです)

まぁ、既に初詣を終えた方が多いと思いますが・・・(汗
なんにせよ、良い一年をお過ごしください(^^)