poco a mako

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好きなことを少しずつ、時間をかけて、自分らしく

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あなたは 16、7歳だった青い芽吹きの頃を思い出すことがありますか

そして その眩しかった思い出を 生涯 透明の カプセルに入れて 

いつも心に持ち続け ときどき眺めて愛おしむのは いけないことでしょうか

誰かを悲しませる行為でしょうか
 
 
 秋晴れの土曜午後、ひとりオープンカーに乗っている。あてのないドライブ、紅葉を探して姫街道を北上していく。長楽寺のある気賀、浜名湖を一望できる寸座を抜け三ヶ日をさらに北上、奥山の尉ヶ峰であてのないドライブは終点となった。四季桜と紅葉が同時に見られる、不思議な光景。桜を眺める時には必ず、私はひとりの女性を思い浮かべている。


今朝は医局に用事があり6時半には家を出た。
中学2年の息子の短水路大会初日ということで、妻は早朝から何度か鳴る配車当番メンバーからのLINEに返信しながら弁当作りに精を出し、息子はウォーミングアップのため外に走りに出た。

 私は、というと、することがなく、日課である自分で淹れたグァテマラを啜りながら新聞に目を通していた。我が家はあまり会話がない。だからといって不穏な空気があるわけではなく、妻は元来おしゃべりな達ではないことと、もう私とそれほど話すことが見つからないらしく、息子の進路と部活のことを話すぐらいで、仕事のことや将来のことをふたりきりで話すようなシチュエーションは久しく、無い。ましてやふたりきりで笑って会話することなど、お互いとうの昔に忘れてしまっている。でも、それが20年連れ添った夫婦の、ありふれたかたちであり、多忙を極める整形外科医の日常であると思っている。今春、長女の綾奈が大学進学のため東京で暮らすようになる前までは、それでも家族は娘を中心に笑い、一緒に外出することも多かった。

「パパ、この前ゆうきとオシャレなカフェでランチしてきたんだ。今度の日曜日4人で行こうよ」

「日曜か・・・。土曜日は学会で泊まりなんだが日曜の朝に新幹線に乗るから浜松駅まで迎えに来てくれれば行けるかな。ゆうき、ちゃんなのか?それともクンなのか?」

「やだねぇ、パパ。髪の長い弦楽部のコンミスだった子!芸大合格のお祝いランチだったんだよ」

「ほう・・芸大合格したのか。すごいな。音楽のほうに進むのか。いいなあ・・・」

「ピアノに進まず、すみませんねー。でもピアノもバレエも英会話も何でもわたしの未来には役に立っていると思うから、その点では心から感謝してますよー」

 娘らしいちょっとおどけたものの言いかた、笑いを伴った数々の会話は、私のモノクロームな日常から切り取られた淡いカラー写真のように今もその時の光の加減までも思い出せるショットだ。愛や慈しみは、心に留めておくのに優しい映像を伴う。映画のようだったり宗教画のようだったり。
それは子供たちのことだけでなく、父や母との思い出、幼い頃の思い出、そして大切な高校時代の思い出、私の胸の中で色褪せずにいる数々の映像。

娘の綾奈や息子の紘一郎の成長を楽しみに仕事に打ち込む日々、野心ももちろんないわけではないけれど、未来より現在、そして思い出を大切にしたいと考えている、生まれも育ちも浜松の和久田渚、7月生まれの47歳だ。

私の出身高は静岡県立浜松中央高校、通称ハマセン。専門学校みたいに聞こえるが、ハマチューでは中学みたいだから、浜松のセンター(中央)ということで父の時代からハマセンと呼ばれている。

思い出話をするのに「私」ではカタいので「僕」に変えようと思う。



僕の地元は海に程近い漁村。漁業で生計を立てている家や観光業の家も多く、大らかなところだ。
その国道沿いから一歩北に入ったところにある祖父の代からの整形外科医院が僕の家だ。祖父も父も、そして3歳年上の兄もハマセンに通い、3人とも名古屋の医学部を卒業、今は兄が家業を継ぎ、新築してきれいになった和久田整形を守っている。甥っ子も今春医大生になった。
 僕も小さい頃から医学を志し15歳の4月、ハマセンの入学式に、あふれる夢とちょっとの不安を抱えて臨んだ。浜松の中心部出身であろう生徒たちは知り合いが多いらしく教室で談笑している。僕の1年8組には同郷出身者は1人、それも真面目で話もしたことがないメガネ女子の片桐三津子だ。絶望していると、前に座っていた山本寿(ヒサシ)が振り向いて話しかけてきた。

「和久田くん、どこ中?オレ南中。よろしくねー」
 「オレ舞浜中。山本くんて・・・・名前なんて読むの?ことぶき?」

 「ちゃうちゃう、みんなそう言うけどな、ヒサシだからな」
僕の高校の友だち第1号だ。さっきまで斜め45度下を向いていて「生徒信条」などを読むしかなかった僕の目と口が生き生きと動き出した瞬間だ。ヒサシが見回し指差しながら、
 「南中は学年で27人だけどこのクラスは4人、一番南の通りの2番目が青島、その列の最後にいる女子が上原、それからあの真ん中にいる図体のデカいのが寺田、でオレ。寺田と青島とは一緒に登校してる」

  「オレの中学は少なくて学年で5人だけ。このクラスには女子ひとりだけ。」
 「ふーん、そうか。登校は?」
 「駅まで電車、それから自転車」
 「じゃあ一緒に来ようぜ。駅を越えて来るからさ、オレたち」
 「おう」

見回しながら話していると横にいた、色黒でくせ毛の背の高い男子生徒が話しかけてきた。

 「和久田くんて、舞中サッカー部だった?オレ磐田中でサッカーやってたから対戦したことあるよ。」
突然で驚いたが、その浅黒い顔に見覚えがあった。小学校のサッカー少年団でも対戦済みの磐田東SS、磐田中サッカー部の、たしか堀江だ。

 「堀江くんだっけ?フォワードだろ?よく対戦したよね、覚えているよ。よろしく!」

「よろしく!」という挨拶は今までの僕にとってかなり気恥ずかしい言葉だが、最初にヒサシが軽く言ってくれたおかげで、それが高校生らしい、ちょっと大人びた初対面の挨拶のような気がして、よろしく、を振りまいた。そこで友好の握手はさすがにできなかったけれど。