
母との別れは突然やって来た…
2022/2/18/14:19…僕は病院の先生にもういいですと告げた時間…
そう…母は交通事故で亡くなった…84歳でした✨
僕の母です😊笑顔がステキな母ちゃんでしょ?(笑)
僕は母子家庭に育ち、今日では、結婚して子供にも恵まれ、母親と五人で生活していました✨
母は僕が20歳になるまで、小料理屋さんを営んでました✨だから自宅ではいつも美味しい手料理が食べられて最高でしたよ👍
とにかく人と話しをするのが大好きな人でした✨
母の所には常に誰かがいて笑顔が溢れていたのが印象に残っています✨
そして土いじりが好きで生花が大好きな母でした🌷
いつものように生活していたある日…突然の悲劇が母を襲います…
買い物に出掛けて歩いている所を後ろからバックで方向転換しようとした2㌧ダンプカーに引かれてしまったのです…
腰から下の骨は骨折だらけでした…
現場には血の跡も…
丁度お昼時だったせいもあり、お店にはたくさんのお客さんがいて、事故直後はみんな応急措置を手伝ってくれたようです…
後方不注意でした…本当一瞬の出来事だったと思います。
救急車で病院に 搬送中に心肺停止になり、僕が知らせを受けて病院に駆け付けるまでの間の40分間ずっと汗だくになりながら心臓マッサージを続けてくれてました…
一人の命を救うのにこんなにたくさんの人達が…
母の様子を見て泣き崩れる姉と一緒に先生に言いました…
「もういいです、マッサージ止めて下さい…」
2022/2/18/14:19…母はこの世を去りました…
あまりにも突然の事で、涙が止まりませんでした…
その日の夜遅くに加害者からの電話がありました…加害者の人も泣き崩れている様子で、僕は「もうわかりましたから、アナタの誠意を見せて下さい」と言って電話を切りました。
翌日、事故現場のお店にお詫びとお礼の挨拶に行き、現場にお花を飾らせて貰えるように許しを貰ったのです…
この段階ではまだ献花はされていません…
事故の事はニュースや新聞、ラジオなどでも取り上げられ、それを聞いて驚いた人達も多かったかと思います。
事故から三日目…葬儀場の担当者との最終打ち合わせでした…そして僕や、関係者の間で不信感が浮き彫りになりました…
そう、事故はニュースでも言ってましたが、仕事中に置きた事故なのです…
なのに三日経ってもその会社や保険業者から一本も連絡がない…
とうとう電話して聞きました…
「僕への謝罪は後にしても、どうして本人への謝罪がないのですか?死んだら顔見なくてもいいのですか?」
僕の怒りは頂点でした…もう怒り通り越して悔しくて悔しくて…
子供だって悪い事したら直ぐに謝るのに、大の大人が何を してるんだか…
三日経ってようやく遺体が安置されてる葬儀場へ加害者側が謝罪へ来ました…僕が連絡をしてから…
何を言ってももう遅い…遅すぎる…
人の命をなんだと思ってるんだ…
その日の晩ようやく事故現場へ花束が置かれました💐
「母ちゃんやっとわかって貰えたよ」
生前母は「お前達の世話には絶対にならない」これが口癖でした…
事故が起きた時、生きる選択肢もあったはず…それを強い意志で貫き通し、自ら死を選択した母は本当強いと思います…
子供の為なら命張れるという人達はたくさん居る事でしょう…
しかしいざ死に直面したら大抵の人達は生きるを選択すると思います…
僕は母親を誇りに思っています✨
お母さん今まで本当にありがとう✨✨✨
そしてお疲れ様でした✨天国でゆっくり休んで下さい😊そして僕達家族を見守っててね✨
最後にこの言葉を残したいと思います✨
「生きる!!」
皆さん本当にありがとうございました✨✨✨
これからも宜しくお願い致しますm(_ _)m

