銀座三越の交差点に、托鉢をされているお坊さんがいらっしゃいました。
時はお昼でした。
信号待ちの私はお坊さんに気付くと、財布を出して小銭を取り出し、お坊さんの元へと進みました。
有難い気持ちで小銭をお坊さんの持っている入れ物に入れ、手を合わせました。
私の執着を受け取ってくださりありがとうございますと。
お坊さんは、私に念仏を唱えてくださりました。
私に対する幸せと、家内安全と祈ってくださりました。
小林正観さんによると、托鉢というのはそもそも、お金持ちの家を回るのではなく、貧しい家を回る事に意味があるのだと。
お釈迦様は弟子たちにそう指示して托鉢行をさせたそうです。
与えるが、先。
貧しいのはそれが出来ていないからだと。
だから受け取ってさしあげる事がお互いの修行だと。
執着を手放し、自分に無理のない範囲で与えること。
なので、托鉢をされているお坊さんを見ると私は真っ先に足がそちらに向くのです。
ありがとうございます。私たちの執着を手放すお手伝いをしていただきありがとうございますと。
