ラインの「リアクションスタンプ」という機能を、知っていますか?

私はつい最近、その機能に気付き、気付いたその日から、多用しています。

ご存知ない方のために、少し説明いたしますと、届いたラインメッセージを長押しすると、「good」やら「ハート」やらのアクションをした、白い顔のスタンプが出てくるので、それを選んで押す。

通常のスタンプよりもずっと小さくて、メッセージの下に、ちょこんと顔を出します。

そして、そのリアクションスタンプは、こちらがそのスタンプを押しても、相手側に「お知らせ」の通知はありません。
人知れず、そっと、ニカっと、good!してるのです。

「おや、返事ないな、読んだかな?」
と、相手が思った時にだけ、振り返ってラインを開いてみたら、そこには「見たよ!」を知らせるgood!

「既読スルー」という言葉を生み出したライン側が、それをフォローする対策として、打ち出された機能ではないかと、私は想像しています。

しかしこの機能、なんと日本人に寄り添った機能であろうかと、思わず膝を大きく叩きました。

だってほら、お返し文化。
私たちは、お返しが大好き。

内祝いには、半返し。
バレンタインデーには、ホワイトデー。
お裾分けに頂いたお煮しめの入ったタッパーも、空で返すわけにはいかんのです。

だから、スタンプ1つとて、もらいっぱなしは気が引ける。

とはいえ、「ありがとうスタンプ」がだらだら続くのも、野暮。
誰かが、先に終わらせなきゃなりません。

そこへ流星のごとく登場した、「リアクションスタンプ」

きちんとお返ししながらも、相手に知らされないことで、心理的な負担をグッと軽減。

OH!ナンテサスティナブル!

こんな風に私は、えらく感動しとりましたが、かたやこんな意見も。

「お知らせが来ないから、反応分かんない」
「あの小さいスタンプで、終わらせるってどう?」

人によっては、あの小さなスタンプは、既読スルーと同等の感覚らしく、なるほど、多様性の海の広さよ。

むかーし昔、離れた誰かと連絡を取るには、固定電話以外に方法のない時代がありました。

例えば、友人なり恋人なり、相手の家に電話して、その家族が電話口に出たならば、

21時を過ぎたら、「夜分遅くにすみません」を先に告げて、「どこそこ中学の〇〇です」
と、所属先と名前を言ってから、「〇〇さんはいらっしゃいますか?」

そこで、私の育ちや環境を、推し量られるような感覚は、確かにあったけれども、先出のような、(ほぼ)定型分をマスターすればいいだけ。

それに、電話する相手は、気心の知れた人たちだったわけで、そこに多様性は、ほとんどない。

しかし今。
誰とでも繋がることができる今。

枝が分かれたぶんだけ、考え方も受け止め方も増えるわけで、そのたび、私は戸惑うのです。

もひとつ言えば、機能が増えることによって、覚えることが増え、選択肢が増え、こうして悩みが増えて、白髪が増える。

このような戸惑いの連鎖から、中年は「昔は良かった」と、思考停止してしまうのかも。

たかがスタンプ、されどスタンプ。
今の気持ちにベストな顔と、相手の顔を交互に思い浮かべて、今日もアップデートにしがみついております。