目に見えぬ力など何の意味もなさない、見えたとか聞こえる 判るとか、それが自分の人生に何の意味が有るのか、ただ振り回されて、苦しいだけだ。
言葉をもってしても、活字をもってしてもまったく上手く表現出来ないが、しかし私のように同じ体験をしてる人がいるんだろうなぁ~。昔あるお坊さんに言われた事がある、「私たち僧侶の中に貴方のような力をもっものは、私の知る限りいないでしょう」「宗教会にいるかぎり誰でも望む力です」「どんな修行を積んでも、あなたのような力は身に付くものでは無いのです」と言われた。
このように見せられても、にわかに信ずる事など出来ず、事実確認の為 高野山に行った、それに二十霊場の お礼参りもあった事だし、少しでも点と点が繋がれば、個人で聞き取り調べ歩く事には限界がある。
そして綺麗に施され、高貴な着物に身をつつみ(明るい黄土色) 台座のようなものの上に座らされ、それを多くの高僧たちが、からし色の衣を身にまとい、台座を静かに担ぎ歩む、台座の上は見る間に、気高く神々しい光に包まれ、多くの僧侶達が喜び手を合わせ駆け寄る、神になったのだ、空海は神となった、と


宿坊はさておき急ぎ高野山に向かったのは、またまた弘法大師のお声えが聞こえた「私の魂は高野に有り」そして映画を見るかのように映像が見えてきた、小高い丘の上の小さな四角型の廟とでも言うのか、何段かの階段、そしてその中には茶褐色に化した僧侶が、正座した足は紐のようなもので括られ、次の映像には、廟の扉の前に多くの僧侶が集まり、高僧や小僧達が駆け寄り、手を合わせ地面に伏している、
天羽ちゃん念珠を持ったからって変に宗教心を抱いたり、宗教に入ったら駄目だよ、不信心でいいの、自分を信じ念珠を支えに、心の友と思って、辛い時でも嬉しい時でもなんでも話してごらん、気持ちが軽くなるよ!TEL知らないから書き込んじゃった
私が弘法大師を信じ心の支えとしているのは、宗教界の歴史的人物で、実際この世にいた方なのです、現実に存在していた方なのです、だから私は信じる。
高野山には宿坊しか無く、たった一軒ビジネスホテルを見つけ、三泊目そこに泊まる、素泊まり一人7000円高い~、最悪 普通の家だョ~ン、部屋チョ~狭い、ベットに腰かけ身動き出来ない、すきま風入り、部屋汚したら弁償だの、部屋でマニキュア塗るななどビックリ、洗面所の配管詰まって水流れないし・・・ 宿坊は談合で53軒全て、宿代9500円からだって、泊めてやってるんだから従えと言う精神はいかがなものか、そう思うの私だけかなぁ~~
徳島での定宿はいつもグランヴィリオホテルだ、ぐっすり眠り疲れがとれた、高野山では、三泊した、一泊目は夜7時頃着いたが真っ暗で寺は門を閉ざし、仕方なく車で寝る、2日目宿坊に泊まるが寒くて寒くて、悲惨、一人 9500円だが、先祖供養だの写経だの要求してくる(有料)、おまけに寺が古く修復に銅板1000円お願いだの、強制ではないが気分の良いものでは無い、けっきょくお金出した私の中には、強要されたとしか残らない、寺は古く寒いのは当たり前 チョット傲慢さを感じる
高野山は素晴らしい、高野山総本山 金剛峰寺 奥の院浄域一之橋(世界遺産になっている所)など日本の歴史を肌で感じる
サア~ネットで願いがかなう、四国別格二十霊場お遍路の旅に出よう。-F1000118.jpg