競技はそんな風に楽しくて仕方なかったけど、開会式&閉会式はね‥。

私が一番忘れられないのは、ロンドンの開会式&閉会式。

かつて世界に名をはせた大英帝国ここに健在!なめるなよ我が国の歴史と伝統と文化を!女王陛下だって出演するぞ!という

度肝を抜かれるエンターテイメント演出だったロンドン大会。

 

それと比べるまでもないけれど‥‥。

 

伝えたいものがない人が作るとこうなるんだなーというかんじ。

伝える方法としてのテクノロジーはいくらでもあるわけで。

あの大きな競技場を活かすなら、やっぱり光と音の演出、プロジェクションマッピングや映像系の使い方はいくらでもある。

派手さを抑えて日本のわびさび的なしっとりとした演出だって映える。

 

でも大事なのはそこじゃない。今の日本が世界に何を伝えたいのか、これでしょう。

私には一体何を伝えようとしているのか、全然わからなかった。

 

日本にはアニメがあるよ!伝統文化もあるよ!ほら、歌舞伎とか!ゲーム音楽も!!火消です!!

ちょっとシュールなのもいいね、ピクトグラム(仮装大賞リスペクト?)とかやっちゃう!?

 

で?

結局日本って何なの?どういう国なの?

全然ワカラナーイ。

 

まあ、その混とんとカルチャーミックスのなんでもありな多様な国なのよーっていうやり方もあったとは思うけど。

 

て戦後団塊の世代が見てきた幸せな日本、ていうかんじか。

そこに新時代、俺らもわかってます!じゃーん、大坂なおみチャン!!(とりあえずショートケーキにイチゴのせときゃいいんだろってかんじだった。)

 

じいさんのじいさんによるじいさんのための盆送り(聖火は蓮の花をかたどってるのか?という疑惑)といった友人がいたが

言い得て妙。

 

これは若い世代に何かを伝えたい残したいという、そういう思いを込めたイベントではなくて、

1964年、あの悲惨な戦争から復興したあの高揚感、あれ以上の高まりをまた見たい!という戦後なのか昭和平成時代なのかわからないけど極めて後ろを向いた、それらに区切りをつけるためのものであったと。

 

ものすごい悪口みたいだけど、結局戦後を総括できていない、なんとなく新しい価値観を育てる努力を怠って今まで来てしまったこの国にとって、あのぐだぐだしい開会式こそが、本当の日本の姿でしかない、ということ。

そう考えると腑に落ちますねと。

 

私たちにはもっと本当は力があるのに、それを発揮できなかった!ではなくて、あれがこの国として世界に提示できる全力であった。

どんなに素敵なプランがあったとしても、それを実現させられない、それこそが今この国の姿。

日本の色々なところで起きているであろう現場と上層部の乖離からくる現場の疲弊や停滞感、新しい物を生み出そうにもなんだかよくわからない爺さん達の理屈にもなっていない何かで決まってしまう、この国を象徴する姿であったのだ‥。

(この国を作ってきた先人への敬意を忘れてはいけない、とは思う。本当に作ってきた人たち、のことはね。)

 

最後に、低視聴率とたたかれまくっていたけれど、実は隠れた名作と名高い、大好きなドラマ、NHK大河ドラマいだてん、より

阿部サダヲ演じる主人公まーちゃんが放ったセリフでこの暴言ブログをしめたい。

 

今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか。

 

東京オリンピックが終幕した。

私はオリンピックが好きだ。理由なんてない。世界の人が一つに集って一緒に何かやってる、ということそのものが好き。

 

長野オリンピックのときは小学生で、開会式を学校のテレビで見た。

なんでもそうだけど、子供のころはあんまりわかってなくて、今はあの頃の大人の気持ちがわかる。

自国に世界のイベントを招くことのできる誇りや喜び。何度もあることじゃないから子供に見せたいっていう想い。

 

いつかオリンピックを作る人になりたいと思っていたこともあった。

でもどうしたらなれるのかわからない、、、子供心に考えた結論が、電通に就職するか行政職になって誘致することだろう、だった。

いや、今振り返るとこれってめちゃめちゃ鋭くて、東京に招致するとなったとき、あ、私都庁に就職してたらチャンスあったな、と。

 

その後、こんなにありとあらゆる問題が起こることってある?!という異次元の不祥事が続発したのはご承知の通り。

 

私がずっと理想を抱いていたオリンピックとは、ただの金と利権にまみれた大人の事情の塊っていうことが露呈して空しい気持ちばかりだった。加えてこのコロナ禍で、やるんだかやらないんだか、観客入れるんだか無観客なんだか、全てがグダグダする様子を見るに、白けた気持ちしかなかった。私の好きだったオリンピック‥。いや、開催国だとどこもこんなかんじ?それにしたって、、、。

 

始まっても、私絶対一緒に盛り上がらないんだからね!という気持ちで見守ってたけど、2日目ぐらいで、やっぱりオリンピックっていいよね、、、という気持ちになってた。

こんな状況でやるなんてバカなの?中止するしかないでしょうと思っていたけど、オリンピック用に整えられた会場、運営スタッフや審判、それを見ただけでもこれを開催数日前で全部なしにするなんてことはできやしないよな、と思った。

 

競技の内容は本当に語りつくせないぐらい色々良いなと思ったところはあったんだけど、今は本当に時代の転換点にいるんだなということを強く感じた。

 

ただひたすらに、純粋にその競技を極めること。自分が楽しんで最大にこの舞台で力を発揮すること。

始まるまでのごたごたが長かったせいか、それとも参加選手もコロナで苦しんだからか、今回のオリンピックは選手の躍動がよりクリアに輝いて見えた。開催には色々あるけれど、競技はそんなことは忘れさせる澄み切った空気が流れていた。

 

ただ好きなものに打ち込んで極め、それを楽しむ。

心を痛めてまで頑張るものではない、というのも象徴的だった。

自分の心を殺してまで、国やチームや誰かのために頑張ることは間違っている。

そういう声を上げられるぐらいに、世界は変わりつつある。

 

人生はこれぐらいシンプルなことなんだ、と教えてくれた。

努力すれば夢がかなうとか、目標に向けて頑張ることが大事、過去のオリンピックはそういう結論を見い出しがちだったけれど、

今回は、一番楽しんで力を発揮した人が一番輝くんだ!そんなかんじ。

やってることは同じなのに見え方が全然違った。

 

 

算命学から派生して今度は四柱推命を見てもらった。

四柱推命は算命学の発展形?なので、表現は違うがベースは同じ。

算命学の結果がなかなか衝撃的だったこともあり、四柱推命だとどういうことになるのか、という興味から。

 

その結果、武将3人以上に衝撃的な事実を知ることに‥。

 

魂の本質という変えられない性質は、壬辰(みずのえたつ)で海の性質。これは算命学でも言われていて

普段は穏やかだが一旦キレると手が付けられないとのこと。まあ、そんなキレないけどね‥。

さらにこの辰のほかに戌をもっており、天国の門番である辰と地獄の門番の戌がそろって天羅地網というスペシャルな星。

壬辰は魅ゴウ(字が出ない)というこっちもスペシャルなもの。

 

非常に強い組み合わせを二つももっているので、これを抑えようとするとそっちに力を使ってしまい、やるべきことに使えなくなるとのこと。

 

ああ‥。

 

自分は色んなことをこじらせているが、その理由をやっと客観的に説明してくれる人に出会ったような気がする。

占いをすると、運が強いから、とか強い星を持ってるから、だいたいのことは大丈夫、と言われるんだけど、そこのロジックまで

教えてくれた人は初めてだ。

 

小学生ぐらいまでは私は優等生で小さな小学校の中でのことではあるが、自分がなんとなく目立つことを感じていた。

一目置かれるというか、私よりかわいい子も能力が高い子もいるのだが、なんかこう、、ね。

でもそう思う自分の自意識も嫌だし、目立って何か言われるのも嫌だった。私は誰にどう思われてもいいと言えるほど勝気ではなかった。

 

二十歳過ぎたらただの人、というが高校生ぐらいからは本当にただの人なのだが、そのころからどこか自分の力を使い切れていない

感覚があった。何かを頑張ろうとするとすぐ疲れて頑張れない。不完全燃焼というか。周りのまぶしい才能にひるんでいたこともある。

 

ただひたすらに周りと調和し、穏やかに、揉めずに生きていきたいと思った。典型的な長いものに巻かれる日本人。

世間体や周りの空気を読むことが楽に生きていく方法。生きやすく暮らすために合わせて何が悪い。自分の意見なんて横において、はいはい、って合わせられる。だって主張して戦うほど守りたいものなんてないしね。そうやって器用に合わせられるっていいじゃん。大人で。

普通の道を外れる勇気がない自分は、そうやって生きていくのがいいんだと思っていた。

 

だけどなんかこうしっくりこない。自分を使いこなせていない感覚。心と体が合っていないというのか。

このままいくとどこかで行き詰まるという予感を恐れていた。

 

もう自分がスペシャルすぎる星を持って生まれていることを受け入れざるを得ない。

突き止めてしまったから認めるしかないんだなあと、複雑な気持ち。

少女漫画で主人公を目の敵にするお金持ちのお嬢様が、私はほら特別だからぁ?というような

そういう自意識過剰を一番嫌ってた。だけど、私はそういう自意識で生きていった方がいいみたいだ。

 

通変星は偏官3つと偏印があり、文字通り偏ってる何かとマニアックな感じの人。偏官は算命学でいう武将3つだから、やっぱりこれは戦う人。行動の人。偏官は学者。たくさんのことを吸収して最終的には自分のオリジナルを生む人。

社会全体への貢献というよりは、この人とか、これ、というものにコミットして尽くすかんじ。

 

もう知れば知るほどただの変わりもんじゃないか。王道の裏道を行く、メインストリームじゃないところにいるマニアックな人だと思った。

四柱推命としては正官⇔偏官 冠帯⇔偏印と同じ傾向をもつ星のセットがあるのだが、どっちも裏の星だなと理解した。

だいたい字からして偏ってるし‥。

 

40年近くにわたって私は自分を抑えて一体何をしたかったのか(笑)

なんとなく抱えていたこれじゃない感は間違ってなかったというわけだ。

人の持ってる力というものを感じる。

いくら考えても出てこなかったことだけど、今となってはそれでも私はそれを知っていた、という感覚があるのだ。

自分がそういうちょっと違うものを持っていること。昔の私は知ってた。

なんだか自分に申し訳ない。知らないふりしていてごめん‥。