仏さまやお不動さんの道がつながっているということ。ちょうど、同じことを思っていたので、備忘録とささてリブログさせて頂きます。
長くなりますが、よかったら読んでください。
10年ほど前、周りの空気が重くて、まるで空気の監獄のようで耐えきれなくて、運転中だったけど、もう運転するのも億劫で、ふらふら〜と立ち寄った、八十八ヶ所のうちの一つのお寺さんで、不思議なことがありました。
本堂てお参りを済ませて大師堂へ向かうと、扉が開いている。その日はお寺さんのご厚意で扉を開けていて、誰でも大師堂に入って仏様の近くでお参りして良いとのこと。上がらせてもらって、ほっとして、しげしげと仏さまを見てみると、なんと、八十八ヶ所なのにど真ん中に円珍さん!空海さんは脇に、反対側には阿弥陀さまだったか観音様と、役行者の仏像!えぇぇ〜!オールスターじゃん!と思った途端に涙が溢れてきて、住職に「ご縁があるのですか?」と聞かれるも、いや檀家でもないし、なんなら実家の宗派とも違う、などとは言えず、「ただありがたくて」といって、気持ちがおさまるまで優しい波動に浸りました。境内を出た時には周りの空気の重さは微塵も感じませんでした。
不思議なこともあるもんだ、というのが私の感想でした。それから、前を通りかかったら、時々、参拝して手を合わせてました。
けど、まさか、私自身が仏さまとその後も続く縁があるなんて思ってもなかったのです。
数年経って、恩師とバス日帰り滋賀の旅に行くことになりました。行き先は石山寺だそう。へぇ〜楽しみ!と当日を迎えてバスに乗り込んだら、事情により行き先が急きょ園城寺に変更になりましたとのこと。
へぇ〜どんなお寺さんかな?と、予備知識ゼロ下調べナシでお寺に到着。何とか大師の仏像が公開中と聞いて展示場へ向かうと、何とそこには円珍さんの姿が👀
その時は、本当に驚きました!
この時も、不思議なこともあるもんだと思いました、
けど、まさか、まさか自分がそんなスゴイ仏さまに縁してもらえていると思ってなかったのです。
それからまた数年経ち、コロナ禍直前2019年の真夏の京都で熱中症になりかけてつかまえた流しのタクシー運転手に、〇〇神社へと行き先を告げるも、「お客さん、絶対に△△へ行った方がいい!」と熱心に勧められるのでした。
いや、時間も手持ちのお金もないし、行きたいのは〇〇神社なんです、と丁重にお断りしても、何と「お金はもうええわ、後でちゃんと〇〇神社まで乗せてあげるから、△△へ行った方がいい!絶対!」といって△△へと向かうのでした。
半信半疑どころか、なぜ見ず知らずの運転手が、儲けにもならないのに△△に連れてってくれるのか意味不明でしょう?笑
運転手さんも、「俺、普段は絶対こんなことしないのに、何やってんだろ」と苦笑いされてました。
到着し、運転手さんの先導で順路に沿って進むと、何と黄不動さんがいる!黄不動さんは円珍さんを守護ささていたお不動さんです。
信じられない。呼ばれたんだな、と分かりました。
でも、なぜ?
なぜ呼ばれるのか、まだ分かってない。
まさか、自分がお不動さんに縁があるなんて考えたこともなかったから。不動明王に縁がある人達って、政治家や経営者、芸能界、霊能者のスゴイ人達だけだろうと。
不思議なこともあるもんだな、ありがたいな、というのが感想でした。
帰りの車内で、運転手さんがしつこく「ダンナ何してんの?ダンナも見なきゃ!ダンナと来なさいよ、ダンナ連れてこないと」と熱心に言っていたので、翌月に夫も一緒に改めて△△へ参拝しました。
夫は境内の空気に触れて、いっぺんに浄化されたみたいでした。とても気に入って時間の許す限り、境内や庭園を眺めて過ごしました。
そして私だけ京都へ行った時にお参りしたこともありました。でも、ホント、お参りするだけ。真言も覚えてないし、お願い事もしてない。お参りできるだけで嬉しいから。黄不動さんがいたのかいなかったのかも覚えていません。我ながら呆れてしまうお気楽さw
そして、先週末、国宝の黄不動の仏画が秘仏になる前の最後の公開ということで、夫婦揃ってまた会いに行ってきました。
新しい宸殿のガラス扉の向こうに変わらない姿にあえて、嬉しく思いました。ゆっくり参拝して、帰宅したのですが、それから2日経って、ふと、こんなことを考えている自分に気がつきました。
秘仏になるって、もう、衆生には姿を見せないということは、充分に人助けなされて、波動が上がって、もう私たちの世に降りてくることがなくなるってことなのかな?仏様からしたら、喜ばしいことなのかな?
だって、お不動さんは人々を救うために仏画の道を通ってこちらに来てくださるんですよね。
だから、お不動さんの気持ちを考えたら、その道を閉ざされる、私たちの前にこられなくなるというのは、人助け出来なくなっちゃうってことで、お不動さんの心が悲しんでいないだろうか?
悲しくないとしたら、波動が上がって、これからはもっと高みから人助けすることになるってことで、これはお不動さんにとって、とても喜ばしいことなのかな?
それとも秘仏になる仏画の模写や、何か別の仏像や仏画にあらためて新しく道がつながるってことなのかな?
二体並んでいたのは、そういうことなのかな?
そんなスゴイこと、お不動さんは自分で出来ちゃうのかな?
何度も何度も、円珍さんも黄不動さんも、そばに呼んでくださって、可愛がって下さっていたのに、私はそんなに縁してもらってると思うのもおこがましく、厚かましいように感じて、気づくのが遅かったけど、今ならはっきり分かります。
何かの折に触れてはあの手この手を尽くして、私や夫をそばに呼んでくださっていたのだと。
自覚ないまま時が過ぎたけど、知らないうちに魔を払って、波動入れ替えて、守ってくれているのだと。
なんてありがたいことだろうと、しみじみ、涙が溢れてきます。
願わくば、黄不動さんがより高みへと臨んでおられますように。そうでなければ、新たな道がつながって人々の近くにいられますように。
仏さま達の仕組みは分からないけど、識子さんが優しく教えてくれるので、こうして何度も社寺仏閣に足を運んで会いたい神様仏様に会えるのは、生きてる時だけと理解しています。
私が死んだ時は、波動が違い過ぎて会えないから。
ご縁をしっかり感じて、感じた自分の心を信じよう。
辛抱強く付き合ってくださって、分かるまで寄り添ってくださる円珍さんや黄不動さんの愛って、大きいな。
つながってる道が途中で途切れることはないと思います。仏画も仏像もなくなっても、この大きな愛が途中で消えてしまうなんてこと、そんなことあり得ないから。
未熟なニンゲンで、危なっかしい私たち、分かってんのか分かってないのかすらわからんような私たちを、仏様のほうで放って置けないんだから、きっと何か別の方法で、私たちのところに、ハッキリと分かる方法で呼んでくださるだろうと、今、ご縁を信じてます。
ありがたいなぁ、幸せだなぁって、
ホント、心から感謝が溢れます。
こんな素敵なことが人生に起こる。
こんな素敵な考え方が出来るようになったのも、識子さんの著書によるところが大きいです。
神様や仏様とのお話をブログや著書で読ませてもらって、すごく成長したと思います。
これからも楽しみにしてます!
感謝