悟りを得ると法則も無くなる、について書きます。
自分という存在が何であり、どこから来てどこへ行くのか、、、と幼い時から思っていました。
今なら、自分は「意識」であるとわかります。
肉体でなく思考でなく感情でなく、究極「在る」という認識、、、そのものです。
意識の海から生まれ意識の源へもどる、、、それが人間存在の立ち位置です。ざっくり言うと、生まれることも死ぬこともしていません。本質自体は、何も変わっていないからです。
意識進化していくと認識の段階があります。
宇宙法則もどこの段階かで答えが変わります。
究極では宇宙法則は無くなります。
「私」はなく人間の意思はありません。
現象も、ただ起きています。人間はあるがままを生きています。
寄せては返す波が、無作為に寄せ、無作為に返る、、、とまったく同じです。
生きているのではなく、生かされています。
「私」は無いのですから輪廻転生も無く、因果の法則も消えます。因と果を繋ぐ意味づけは人知の脳がしています。
意識の海から個に宿る時に、他の個を個ならしめた意識波がばらけて混ざることで他の個の情報が入り無限に一つの個を転写することが出来ます。
今の自分が(今の個ならしめているパーソナリティが)そのまま輪廻転生することはない、という事です。
本質の意識が、人間の肉体に宿ります。
認識の段階では、人間にとって面白い世界が出現します。
いろんな宇宙法則をもつ段階です。
魔法を求めてしまうのが人間の性で、いろんな法則でお金や物、成功等を追いかけていきます。
ある意味、夢や希望にあふれ躍動感のある生き方です。
現実の中で、自分「私」がいると思って自分の意思で生きている、、、という段階。
夢から覚めて仮想現実の中で「意識」が源から生かされているという認識をしている段階。
意識進化も二極化を迎えます。いい悪い、正しい間違っている、、、ではありません。
これも、ただあるがままにおきており、それぞれに生かされている、、、というだけです。
夢から覚めてしまうと、自然と執着が落ち、欲望が落ちます。
必要な時に必要な物が必要なだけ入ってきます。
思考でなく、直に答えが内側にきます。
波長・周波数が変わり、人間関係や物の断捨離が加速します。
悟りを得て、宇宙法則も無くなってからが人生の醍醐味です。
山に隠れるか、里(街)に隠れるか。
静かに無条件の愛で、自分のやるべき事をやらせて頂きます。
正しい事でも人に押し付ける事は無意味です。
気づく時が、各自あります。
正神は奇異を嫌う。
魔法でなく、正しい道を淡々と歩んでいきます。
森羅万象に感謝です。


