9月10日、本日は私の大好きな弟の誕生日です。

平成8年9月10日ってゆー忘れにくい日に生まれてくるなんて気を使ってくれた可愛い可愛い紫色したお猿さんでした。

お母さんが産気づいて、普段痛みを口に出さないお母さんが凄く痛がっているのを見て、当時10歳だった私は凄く不安だったのを覚えています。今は高齢出産の定義が少しかわったとかって聞くけど、当時のお母さんは39歳で、当時は高齢出産って言われてたので幼いながら胎児だけではなくて母体にも何か起こる可能性があるってことを知っていた私はお母さんがいなくなりませんよーにって祈るしかなかった。

お母さんが分娩室に移動して、なんだか、分娩室がバタバタし始めて、お母さんの苦しそうな声が段々大きくなって、なんかおかしいなって思い始めていたら分娩室にいる人たちの動きや声がどんどん増えていって、あ、なんか起こっているって思った瞬間、お母さんの超頑張ってる声がボリュームマックスになったところで私の弟は生まれました。

後から聞くとへその緒が首にひっかかっているのに病院が最後の最後まで気づかず、お母さんが首にへその緒がひっかかってるって遠くでした声を聞いたときにこのままじゃ赤ちゃんが危ないと思って必死で思いっきり力んだそうです。
お産直後のお母さんの首から胸にかけては内出血の跡でびっしりになっていました。
病院の人からは「もし、○○さんが普通に頑張ってたら赤ちゃんは生きて出てきてないでしょう」って言われた。ま、それもどうかと思うんだけどなー。。。無事だったし脳障害もなかったから、温厚に済ませたいお母さんは何も言わなかったみたいだけど。

初めて弟を窓越しに見たときは「紫の猿だ。。。」としか思えなかったのに、どんどん可愛くなっていく弟がとっても愛おしくて、父親は違うけれど、本当の兄弟ってしか思ったことないし、むしろ兄弟よりかは息子かってくらい大好きです。

お姉ちゃん子だったのに、一番お姉ちゃんが必要だった時に私はアメリカへ行ってしまい、去年帰ったときにはまるで他人を見るような冷めた態度がとても寂しかったけれど、時間と努力でなんとか普通に冗談を言い合って、将来の話なんかしてくれるようになりました。そんな時にまたアメリカへきてしまって離ればなれだけど、今回は大丈夫そうだね。

もう15歳か。今年は受験だから頑張ってね。
我慢しないといけないこと、たくさんありすぎて嫌になることもあるだろうけど、今のあなたのように地に足をつけて目の前のことをこなしていけば、絶対に今とは違う場所に行けるってお姉ちゃんは信じているから、お互いに頑張りましょう。

今度会うときにはまた大きくなってるんだろうね。
お姉ちゃんはもう背は伸びないけど横に成長しないように気をつけるね

誕生日、おめでとう。
生まれてきてくれてありがとう。

私に弟を与えてくれたお母さん、ありがとう。



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