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pink galaxy

カラフルで光るものがカラス並みに好きです。

(∩^o^)⊃━☆゚.*・


以前何かの記事でちょっと書いた記憶がありますが、私は一人暮らしで文鳥を一羽飼っていました。
色はシナモンで、気の強い女の子でした。
5/4の17:47に闘病の末、息を引き取りました。
2011年3月生まれだったため、5歳と少しでした。

私が一人暮らしを始めたのは5年以上前の大学入学時です。
実家では動物をほとんど飼えず(金魚や亀はちょいちょい飼っていましたが)、無類の動物好きだった私は一人暮らしを機に魚とは違ういわゆる「懐くペット」を飼おうと決めていました。
それも毛が生えてる系の。
猫はアレルギーだし、犬は一人暮らしだと散歩が厳しい。うさぎは暑さに弱いと言うしハムスターは寿命が短い。
私なりにかなりの調査を重ね、たどり着いたのが文鳥でした。
わざわざホームセンターではなく小鳥専門店に行き、どの子を買おうかとわくわくしました。
本で飼い方をみっちり調べた時は白文鳥一択のつもりでした。
が、たまたまその日店には白文鳥はつがいやそこそこ大きくなったものしかおらず、私が育てたかった挿し餌段階の雛はいませんでした。
雛の籠を見るとシナモンとシルバーがいました。
白はダメかーとがっかりしつつもどっちにするか迷ったのですが、シナモンがばっと籠(と言うより雛用のふご?)に飛びついてアピールしてきたように見えたwため、シナモンに決定。
籠やヒーターと一緒に連れて帰りました。
名前はひかるにしました。
今もそうですが、当時kalafinaという音楽グループが好きで、特にhikaruというメンバーが大好きだったからです。
実際にはひーちゃんひーちゃんと呼んでいたので、ひかると呼ばれるのは動物病院でくらいでしたが。

そこからはあっという間。
挿し餌も無事卒業し、きな粉色一色だった雛毛は大人の羽に生え変わり、新幹線での帰省も経験し、メスだとわかってからは卵も産むようになりました。
個体の生まれつきか文鳥自体そうなのか栄養不足かわかりませんが、産卵に障害のある子でした。
何度も卵管脱で死にかけ、その都度腕のいいお医者さんのおかげもあり持ち直しました。
発情期が来るたびビクビクしたものです。
しかしひーちゃんはなんというか、虚弱ながらギリギリのところで運が強く、例えば私の学校や仕事が休みの時に体調を崩すとか、夜おやすみカバーを籠にかける前に異変をアピールするとか、「せめて(∩^o^)⊃━☆゚.*・ちゃんが対応できる時で本当に良かったね」と言われるような感じでした。
一命を取り留める度、安堵の裏返しで例の映画にちなんで「この子はダイハードw」と思ったものです。

しかし今回はダメでした。
異変に気づいたのは4日前の夜中、3日前の朝一で病院に行った時はもう危篤に近かったです。
検査に耐えられる体力がもう残ってなかったため明確な死因はわかりませんが、お腹がぱんぱんに腫れていたことから、恐らく肝臓か生殖器の腫瘍による腹水の症状が末期まできていたのだろうと思います。
付随的にお腹のすごい腫れで圧迫された肺も機能が1/4以下になり、病院に着いた時点で呼吸困難によるチアノーゼを起こしていました。
そう言えば日中あまり動かずうとうとしてることが増えていたのですが、私はそれも老いによるものだと思っていました。
もうおばあちゃんだし白内障も進行していたので縁側で日向ぼっこみたいな…。
今思えば呼吸が苦しいからできるだけ安静にしてたんですかね。
気づかなかった自分が腹立たしいです。

ひーちゃんのかかりつけ医は都内でも有名な小鳥専門の獣医さんでした。
あまり人当たりのいいタイプとは言えずw、はっきりと冷静に物を言う先生でしたが、腕は確かだったのと、私も親身に優しく話を聞いてくれる先生よりタイプが合ったので全面的に信頼していました。
先生には連れて行った時点で「危篤、もう無理に近い」とはっきり言っていました。
すぐにひーちゃんを酸素チューブを付けた箱に入れてくれ、チアノーゼで紫だった嘴や脚がすぐにピンクになり、私は若かった頃のひーちゃんの姿を思い出しました。
(歳をとってだんだん血色が悪くなっていたので)
「はっきり言って入院させても望みはほぼないが、少しでも可能性を追求するか、死ぬことは覚悟の上で自宅に連れ帰ってそこで看取るか選んで下さい(意訳)」と言われ、私はほぼ即答で入院を選びました。
ダイハードな彼女は入院すれば持ち直すとどこかで信じていたのが一つ、呼吸が苦しそうで酸素設備のないうちで窒息させるのは本当にかわいそうだと思ったのが一つ。
結果的に病院で亡くなることになり、私は彼女の死を看取れませんでしたが、後悔はしていません。
私は祖父を二人とも既に亡くしていますが、二人とも死因は肺でした。
どちらも酸素吸入をしており、呼吸ができないことがどんなに苦しいからわかってるつもりだったから、ひーちゃんも病院に入れたのです。

それから2日は病院に電話して様子を聞いていました。
容態は変わってないし呼吸も少し苦しそうだけどごはんだけは食べてると聞いて安易に希望を持っていました。
ごはんを食べる=生きる気力や意志はあるからです。
3日目病院に様子を聞こうと夕方電話をかけましたが、誰も出ませんでした。
入院の世話はしてくれるとはいえもともと閉院日だったので、それで出ないのか、明日またかけようと思っていました。
その2時間後に病院から電話がありました。
その時は出られなかったのですが、たった今息を引き取りましたという留守電を聞きました。

見た目で異常が明らかではなかったとは言え、腫瘍や腹水が1日2日でそこまで大きくなるわけはないのです。
いつ頃からかはもうわからないけど、ずっと苦しんでいたのかなと思います。
それから解放されたのであればそこは喜んであげるべきなのかもしれません。
あんなに小さな体では手術や注射にもそう耐えられないでしょう。
私はずっと一緒だった彼女がいなくなって寂しいし辛いですが、あの子が苦しみから解放されたことを喜んでいるのであれば、私もあの子の死をある意味喜べます。
私が辛い思いをするのとあの子が辛い思いをするのとどちらか選ぶのであれば、あの子には喜んでて欲しいので。

仕事が忙しく、小さい頃に比べてあまり構ってあげられなかったことが悔やまれます。
発情を抑えるためダイエットとして(先生に指導されたのですが)、ほぼ最低限の餌しかやらずおやつもあげなかったことが悔やまれます。
発情期もなくなったみたいだし、少しくらいならと思って買ってきた粟穂がまだたくさん残ってます。
一房の半分もまだあげてませんでした。
もう朝起きて忙しい時間に餌や水を替えなくてもいいし、好きな時に好きなだけ旅行に行けるし、医療費もかからないし、病気にならないかハラハラドキドキもしなくていい。
けど、そんな些細なことじゃ釣り合わないくらい彼女のいた5年には価値がありました。
今は考えられないですが、もしまた文鳥や別のペットを飼うことがあれば後悔しないように暮らしていきたいです。
ペットロスではありますが、やはり私は動物が好きで、動物と一緒に生きたいです。
いずれ、あの子の生まれ変わりでもあの子と全く違う子でも、新しいパートナーができたら嬉しいです。

今は彼氏が家にいますが、GW明けからの一人の生活が怖いです。
上京して今までずっと二人で暮らしてきたので。
正直仕事も趣味も人付き合いも今はしたくないですが、たまたま忙しい時期にあって仕事は休めないし、家にいたらいたで「もっとこうしてやればよかった」と凹みそうなので、頑張って外には出るつもりです。

ひーちゃん、今までありがとう。
5年前ひーちゃんと出会えて本当に良かったです。
いつでも可愛くて気が強くてうるさくて本当に癒されました。
幽霊でも生まれ変わりでもいいのでまたいつかね。

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