先ほど重~~~~~い記事をかいたのでちょっと休憩です(‐^▽^‐)

映画が好きなのでドキドキ最近見た映画の感想を・・・音譜


まず「ダレン・シャン」

本を一巻だけ読んだのですが、なんだか暗~い話の気がして、中学生だったでしょうか(;^_^A続きはよみませんでした。映画のほうは!以外にユーモアたっぷり。派手なアクションはないけど面白かったと思います。登場人物の描写がユニークでした。瞬時に獣のようにひげを生やす美女、サルの尻尾の生えた少女(一緒に見ていた父はドラゴンボール!と言ってました)がお気に入りです。

ですが・・・。少し前に「シャーロック・ホームズ」をこれまたレンタルで見ていたせいか。どーも派手なアクション映画が恋しいです。「サロゲート」なんか良かったですね(o^-')b  「シャーロック」も、じーっくり話が進んでいくので、少し地味ですね。ところで、「シャーロック」は登場人物が、イメージしていたのと違ってビックリ。ワトソンは乱暴ものだし、ホームズは少し無礼だし、、、。私のイメージでは、ワトソンは少しおとぼけでホームズはクールで紳士なイメージでしたが・・・。えっ


次は「BANDAGE」  これは・・・。赤西さんはさすがジャニーすとあって軟派なキャラクターを上手に演じてたと思います。果たしてランズなるバンドの曲はロックなのでしょうか(^_^;)就活中の私は「そんなことしてる暇ないよーーーーーー」っと叫びたくなる青春?ムービーですな目それとも共感できない私の心が老けたのか・・・。やれやれしょぼんです。


最期は「ケース39」B級かと思いきやなかなかの作品。児童虐待で引き取った子供が悪魔の化身だったという内容。愛くるしい子供が、急にドスのきいた声を出したり、寝室のドアをぶち破るところは・・・ゾクリとしました汗


映画作品の中でもホラーが好きなので、面白い作品が出ることを期待しますビックリマーク

先ほど、国際組織が日本の教科書の記述に是正勧告をもとめたという記事を目にした。教科書名や、具体的な記述内容には言及していないようだが、どうやら日韓併合について匂わせていて、韓国に譲歩しなさいといった要請に外務省も困惑しているという記事であった。


今現在の教科書は確かに不十分だ。しかし、それは記述が偏っているという意味ではない。特に先の第二次世界大戦においての日本とアメリカ、日本と他の植民地の国々との記述が薄すぎる。

また、授業においても、学習指導要領にそっていれば、どのような授業をするか各教師にゆだねられているので、私の経験した授業では常に近代史は時間がなくなり、詳しく扱われることはなかった。教科書の内容でさえ、ポツダム宣言をチェックして終わり、という流れだ。確かに、国の教育が国民を戦争へと導いたという点で非常にデリケートな問題であることはわかる。しかし、私は大学生になり、たまたま見た、石原都知事制作の映画をみて、特攻隊というものに興味を持ち、知覧にある平和記念館に足を運んだ。そこで考えたのは、特攻隊のことも教育の中で取り入れるべきということだ。これはなにも、命令に従って国のために命を差し出すことを賛美したいのではない。少なくとも彼らをしったものなら、賛美しようなんて思わない。教育に取り入れる意味は、特攻隊一人ひとりに、出撃前に悲しい別れ、心の葛藤があったということを彼らと同年代の若者に伝えることで本当の意味で「平和」の重要性を考えてくれないだろうか。近頃、友人関係においての若者の自殺はもちろんだが、簡単に人を傷つける事件が多いように思う。「命」や「平和」について認識するには、広島の原爆ドームも胸に訴えかけるものをもっている。しかし特攻隊も、国粋主義やらなんやら言う前に事実あったこととして、決して忘れてはいけない。教科書の記述内容に対して、日本は海外からの評価、むろん戦争の悲惨さを知っているからこその触れてはいけない、開けてはいけないという思いからか臆病であるように思う。従軍慰安婦問題や南京大虐殺など、こんな言い方をしては語弊があるかもしれないが、やられた方の思いはやった側が感じるよりずっと大きく重いと私は思う。双方で言い分の異なる難しい問題だ。だが、学校で子供たちになにを一番に伝えなければならないか。それは、ぞっちが悪い。ではなくて、「戦争は二度と起こしてはいけない。本当に悲惨なものなのだ、60年たった今も隣の国同士が仲良くなれないんだよ」ということだと思う。価値観が多様化し、なにがいいのか悪いのか分からない今、歴史教育こそ、子供たちに考える材料を与えるのではないかと私は思う。

連日、金賢姫が来日したニュースで持ちきりだ。文化の異なる外国人が日本の対応に批判的なのは理解できる。しかし国内にも、来日に批判的な意見が出ていることを非常に残念に思う。

拉致の事実が私たちの記憶から風化し、他人事のようにとらえていないだろうか。私は、たとえ新しい情報がなくても、北朝鮮にいる家族の安否が分からない今、少しでも家族を知っている人がいるなら逢いたい。話を聞きたいと思うのが自然だろうと思う。「パフォーマンス」ずいぶんな言い方だ。パフォーマンスであろうとなかろうと、彼女が来日することで、メディアが取り上げ、当事者でない私たちも拉致のことを思いだす。そして、国家的な犯罪である「拉致」を国民皆が真摯に受け止める。

めぐみさんのお母さんが、「めぐみちゃんが」と記者会見で話されるたび、胸がいっぱいになる。

今朝の記者会見で、普通に生きていればめぐみちゃんも金賢姫のような感じだろうかと、思わず手を握ってしまったといっていた。娘を心配するお母さんはどんなに苦しいだろう。辛いだろう。私には現在高校生の弟がいるので、ついつい拉致された当時のめぐみさんに重ねてしまい、13歳で北朝鮮に連れていかれためぐみさんを思うと涙がこぼれてしまう。私が高校生のとき、最寄の駅で拉致被害者救出の署名活動に署名したことを遠い昔のように思う。当時も、憤りを感じたが、年を重ねた今のほうがより、拉致事件の悪質さに悲しみと怒りをおぼえる。「解決」というたった二文字のなかに、巨大な障壁がある。複雑な国家間の問題、多くの人の思い。「かいけつ」と心の中で呟く私は、パソコンの前、しばらく目をつむる。



世の中にはいろいろな考え方がある。しかし、めぐみさんが日本に帰ってこられますように、と願う気持ちは日本国民全員といっても過言ではないだろう。帰ってこなくてもいい、もっといえば帰ってこなければいいなんて、思う人はいない。この思いが、みんなが心配しているという思いが今も、北朝鮮にいる日本人の心に届いてほしい。

13歳で、地獄のような異国に連れ去られためぐみさん、子供を地獄のような場所に残して自殺などということをするだろうか。


話が飛躍するが、かつて第二次世界大戦で命を落とした若者たちはこの事件をどう思うだろう。日本人の幼い女の子が、北朝鮮に拉致されて、今も日本に帰ってくることが出来ないなんて・・・。