発信者になるということは批判も受けるということ
僕のブログのユニークユーザーが最近、増えていることに恐怖を覚えました。
まず第一に「誰が読んでるか分からない」からです。
僕はアルファブロガーではないので、大半の読者に書き手の面は割れています。
「まぁ○○書いてるらしいから見てみたら」的な伝播も考えられます。
第二に、面の割れている読者から、幾らでも批判を受けている可能性はあるし、影口もたたかれている可能性もあります。
また、現実とは異なる心象を与えてはいないだろうかということも考えられます。
書き手の場合は、自分を演じれますが、読み手はそれを意識しないでしょう。
最悪なことに、誰に批判を受けてるか、誰の心象を悪くしてるか、向こうの顔は全く分からないということです。
「そして誰か分からない人に自分の行動がばれている。おぉ怖い。逆転的なWebの匿名性ではないか??」
「嫌われることには慣れている」と言えればいいんですが、そうもいかず5分悩みました。
SNSは会員制なので、この辺の観察ができるんでしょうが、ブログはできないんだなぁ。
と、当たり前の差異性に妙に納得しました。
最終的には開き直ったので、続けようと固い決意をしました。
「だってサイバーエージェントの社長なんてもろ割れてるじゃん!」
と、理由にも比較にもならない対象を持ち出し・・・。
次に「情報産業の人間が、ブログやらないなんて、おかしい。時代遅れだ」
という、尊敬している某ブログの言葉を胸に・・・。
いや、もしかしたら好意的に見てくれるから、多くなったんだと!!ポジティブシンキング。
見ず知らずの閲覧いただいてる皆様。
そして見ず知る皆様。
これからもよろしくお願いします。
(と、やけに恐縮)
まず第一に「誰が読んでるか分からない」からです。
僕はアルファブロガーではないので、大半の読者に書き手の面は割れています。
「まぁ○○書いてるらしいから見てみたら」的な伝播も考えられます。
第二に、面の割れている読者から、幾らでも批判を受けている可能性はあるし、影口もたたかれている可能性もあります。
また、現実とは異なる心象を与えてはいないだろうかということも考えられます。
書き手の場合は、自分を演じれますが、読み手はそれを意識しないでしょう。
最悪なことに、誰に批判を受けてるか、誰の心象を悪くしてるか、向こうの顔は全く分からないということです。
「そして誰か分からない人に自分の行動がばれている。おぉ怖い。逆転的なWebの匿名性ではないか??」
「嫌われることには慣れている」と言えればいいんですが、そうもいかず5分悩みました。
SNSは会員制なので、この辺の観察ができるんでしょうが、ブログはできないんだなぁ。
と、当たり前の差異性に妙に納得しました。
最終的には開き直ったので、続けようと固い決意をしました。
「だってサイバーエージェントの社長なんてもろ割れてるじゃん!」
と、理由にも比較にもならない対象を持ち出し・・・。
次に「情報産業の人間が、ブログやらないなんて、おかしい。時代遅れだ」
という、尊敬している某ブログの言葉を胸に・・・。
いや、もしかしたら好意的に見てくれるから、多くなったんだと!!ポジティブシンキング。
見ず知らずの閲覧いただいてる皆様。
そして見ず知る皆様。
これからもよろしくお願いします。
(と、やけに恐縮)