アラフォーセブ留学に行く -6ページ目

もう3月!

留学まで時間があるな~って思ってたら
もう3月叫び

正直、何も準備していませんあせる

これから、やらなくてはいけないのは保険に入ること。
持ち物の準備をすること。←スーツケースから用意しなくては・・・・ビックリマーク
ipadを買うこと。
髪を切ること。

そして、体力をつけることビックリマーク

最近、運動していません。
セブで風邪をひいたり、お腹をくだしたり
歯が痛くなったらどうしよ~!!
それより、心配なのはぎっくり腰(笑)

笑うけど、20歳くらいから3~5年ごとになってるので
あなどれません。
これから毎日腹筋して筋肉つけます。(今からで大丈夫かな~はてなマーク

とりあえず、3月17日のTOEICに向けて勉強中。

レイテ島の悲劇

知り合いに「4月からセブに行くんだ~ビックリマーク」って報告したら
セブ島からレイテ島という島が見えるから
ぜひ、手を合わせてきてくれ・・・と言われたので無知な私ははてなマークはてなマークはてなマーク

調べてみました。

レイテ島の戦い(レイテとうのたたかい)は、
1944年 (昭和19年)10月20日から終戦までフィリピン レイテ島 で行われた、
日本軍 アメリカ軍 の陸上戦闘である。
日本軍の当初の作戦では、ルソン島 では陸軍 が中心となって戦闘するが、
レイテ島を含む他の地域では海軍 及び航空部隊により戦闘する方針だった。
ところが台湾沖航空戦 で大戦果をあげたと信じた大本営は、
フィリピン防衛を担当する第14方面軍 司令官・山下奉文 大将の反対を押し切り、
作戦を急遽変更して陸軍もレイテ島の防衛に参加して迎え撃つこととした。
ルソン島に配備されるはずだった多くの陸軍部隊がレイテ島へ送られたが、輸送途中で大損害を受けた。日本軍は補給の見通しが甘かったことから多くの餓死者を出した。
約2ヶ月の戦闘でレイテ島の日本軍は敗北し、大半の将兵が戦死する結果となった。
(ウィキペディアより)

太平洋戦争時、日本は台湾でアメリアに大勝したという誤報により
フィリピンでも勝つんじゃね?とたいした作戦も立てずに
8万人という兵士をレイテ島に投入。
でも、そのときフィリピンの海も空もアメリカの手の中に入っており
日本軍は食料も兵器もレイテ島に輸送することが出来ず
ほとんど丸腰でアメリカと戦うことに・・・・
そしてわずかな食料もすぐにそこをつき
現地人の食料を強奪の強奪をはじめる。
困った現地の人にアメリカ人は兵器を渡し、現地人の日本兵に対するゲリラ部隊ができ
日本兵を攻撃する。日本兵も現地人を見たら攻撃をする悪循環に陥り、
多くの死者が出た。生存率はわずか5%といわれてるので
どれほどすさまじく、悲惨な戦いだったか私には想像がつきません。
しかも、現地のフィリピン人も被害が甚大だったということなので
とても複雑な思いをしました。

楽しみなセブ留学。
でも、歴史的な観点からも、しっかりと知ることは大切なんだなと
あらためて思いました。

英語は毎日勉強してますが・・・・

TOIECの勉強もしてるし、DUOも覚えようと努力してるし
毎日オンライン英会話でフィリピン先生としゃべっていますが・・・・

まったく上達しませんガーン

正直、ここまで進歩がないと、スゴイと思えるレベルです。
まず、文が作れないので単語の羅列になっている。
前置詞がめちゃくちゃ。
焦ると時制がめちゃくちゃ。

とにかく、ボキャブラリーを増やす以前に、
基本的なことが理解できてない状況です。

しかも、わからないままに勉強してるので、
正直、少し英語ノイローゼぎみに・・・・・。

最近は、フィリピン先生とのレッスンも
気分が暗くなってます。

こんなんで、4月から1ヶ月乗り越えられるんだろうか?

私が行く予定の学校のtwitterをチェックしてみたら、
卒業の時にはみんなの前で英語のスピーチがあるそうで・・・・

今のレベルでは正直ムリあせる今から、考えといて暗記しようかな・・・・ガーン

勉強方法が間違ってるのかな~ダウン