私はずっと思っていました。
クリスマスのいちばん美しい瞬間は、プレゼントでもイルミネーションでもなく、
あの「一緒にごはん食べよう」という言葉だと。
日本では、「食卓を囲むこと」そのものが、もう一つの愛情表現になっています。
「会いたかった」と言葉にするのは照れくさいけれど、
しゃぶしゃぶを食べたり、ケーキを切ったり、プレゼントを交換したりする時間の中で、
その気持ちはちゃんと伝わっているのです。
今年のクリスマスパーティー、私はちょっと特別なものを用意しました。
メインディッシュでも、ワインでもなく——デザートです。
でもその一皿が、私に「クリスマスの哲学」を教えてくれました。
🎂 あの「デザート事件」
数年前、友人たちを家に招いてクリスマスパーティーを開いたことがあります。
あの頃の私は、「全部手作りで用意したい!」という熱血ホストタイプでした。
ケーキを焼いて、サラダを作って、チキンをオーブンで焼いて……。
結果どうなったかというと、キッチンはまるで戦場。
クリームが飛び散り、オーブンからは煙がもくもく。
その夜、いちばん印象に残っているのは料理ではなく、
汗だくでキッチンから飛び出した私に向かって、
友人たちが笑いながら言った言葉でした。
「Katie、次はそんなに頑張らなくていいよ~!」
あの日から、私は「手放すこと」を学びました。
今年は、もう料理もお菓子作りもやめて、雰囲気づくりだけに集中。
ライトの飾り、音楽、アロマキャンドル、
そして【聖誕到會推介】で選んだデザートプレート。
チョコレートブラウニー、ミニシュー、マカロン。
デリバリーのスタッフが銀色のトレイを渡してくれた瞬間、
胸がじんわり熱くなりました。
——「お祝いの味」って、こんなに気軽に手に入るんだ。
🍰 「買ったデザート」にも、ちゃんとぬくもりがある
パーティーが始まり、デザートをテーブルに並べました。
友人たちはムースを見て目を輝かせながら言いました。
「わぁ、かわいい!どこで買ったの?」
私は笑って答えました。
「全部、クリスマスのデリバリーサービスで頼んだの!」
みんなで写真を撮ったり、笑いながら取り分けたり。

その光景を見て、私はふと気づきました。
自分で作ったわけじゃないのに、この瞬間の幸せは今まででいちばん本物かもしれない、と。
ある友人が言いました。
「結局さ、パーティーの一番楽しいところって、何を食べるかじゃなくて、みんなで食べることだよね。」
私は思わず笑いました。まさにその通り。
デザートは主役じゃなくて、人と人をつなぐきっかけなんです。
「おいしいね」と言うチャンスをくれて、
写真を撮る理由をくれて、
そして忙しい大人たちに「ケーキ一つでわくわくできたあの頃」を思い出させてくれる。
🎄 クリスマスの哲学:完璧じゃなくていい、だからこそ本物
私はずっと思っていました。
クリスマスの魅力は「完璧じゃない」ことにある。
少し傾いたツリー、しぼんだ風船、音を外した〈Last Christmas〉。
それら全部が教えてくれるのです。
人生のかわいらしさは、完璧さではなく「祝おうとする気持ち」にあるのだと。
あのデザートプレートも、その象徴でした。
完璧な演出も、驚かせる手料理もいらない。
大切なのは、誰かと座って、少し甘いものを一緒に食べる時間。
思い出したのは、数年前の会社のクリスマスランチ。
レストランを予約せず、会議室で簡単なランチパーティーをしたときのこと。
同僚が笑いながら言いました。
「デザートがあるだけで十分ハッピーだね。」
そのデザートも、Cookpio(Catering Mama のベーカリーブランド)で頼んだものでした。
誰も「高級じゃない」とは言わなかった。
むしろ「これこそ本当のクリスマスの味だね」と言ってくれたのです。
——素朴で、シンプルで、でもちゃんと温かい。
✨ 一つのデザートがくれた気づき
パーティーが終わった夜、テーブルの上に残った半分のブラウニーを見ながら、
私はふと思いました。
もしかしたら「クリスマスの哲学」ってこういうことなのかもしれない。
甘い部分を分け合い、不完全な部分を受け入れること。
日本人はつい、効率や比較、完璧さを追い求めてしまう。
でも、クリスマスはタスクじゃない。
それは「お誘い」です。
立ち止まって、人と会って、少し甘いものを食べて、
「やっぱり人生って悪くないな」って言える時間。
🕯️ 結び:パーティーは食べ物じゃなく、人生のぬくもり
デザートはもうとっくに食べ終わってしまったけれど、
あの夜の笑い声は今でも心に残っています。
パーティーの意味は、料理でもプレゼントでも場所でもない。
誰かが自分の時間をあなたと過ごそうとしてくれること。
だからこのクリスマス、
どこにいても、誰といても、
自分のために少しだけ甘いものを用意してみてください。
自分で焼かなくてもいい。
レストランでなくてもいい。
だって本当のお祝いは、作るものじゃなく——感じるものだから。
