ユアくんはパッキリ37週1日で生まれ、体重は2500とちょっとグラムでした。
可愛い😍親バカ炸裂
産声を聞いたものの元気がイマイチということで医師とインターンの皆さんに小一時間囲まれ、とりあえず大丈夫そうということでやっと会えました。
生まれたのが深夜だったのと総合病院でしたのでユアくんは新生児室に、私は病室で。次の日会いに行くとユアくんは保育器に入っていました。
体温が急激に下がって全身紫だったそうです。
そのまま保育器で過ごし、その夕方にミルクを受け付けられず、噴水の様に吐いていたのをたまたま見に来ていた友人が見つけ、看護師さんに通報、その後NICU行きに。
余談ですが、次男はカナダで産みました。ユアくんと違って超元気です。この子が生まれた時、一晩だけ泊まって退院しました。自分を褒めたいフルスピード退院でした。と言っても主治医からあと一晩泊まりたかったら泊まれるよ、と言われましたが、ユアくんが心配だったのと、赤ちゃんと一緒でも、ちょっと病室が怖くて、いえ、今日帰りますと退院許可をもらいました。母乳はまだ出てこなくて自分でマッサージして、出なくても吸わせる様に言われました。じゃあミルク飲ませればいいのか聞くと、2、3日飲まなくても大丈夫だから、と言われてびっくりしました。
で、ユアくんですが、検査が終わって会いに行けた時は信号機付きの保育器に入ってたくさんの管がつけられて、食道にチューブも入り、小さな手には針まで差し、点滴されていました。生まれたばかりだけど食道のチューブがいやで、小さな手をフリフリして抜いて大泣きしては赤信号になって看護師さんが来るという。母ちゃんも泣いちゃいました。
一番奥の看護師さんのお部屋に近いところからだんだん離れて行き、抱っこできる様になった頃に毎日オットも仕事の合間に会いに行ってカンガルーケアをしていました。
結局原因がわからず、『環境の変化に適応出来なかった』からということではないか、ということで、ミルクが飲める様になって一週間ちょっとでお家に帰ってこれました。
この『環境の変化に適応出来なかった』(2回も書いちゃった)は後々のユアくんと私の冒険の一つのヒントになったのです。でもそれが役に立ったのは10年後ですが、、、。
