人は沢山の争いを日々行います
いつも誰かを攻撃し、いつも自分が正しいと信じています
私は施設で働いています
入所者さんの大半は、トイレが自分でままなりません
オムツの中で便や尿をされ、衣服を汚されます
ある従業員の話です。
彼は入所者さんをトイレに連れて行き、便座に入所者さんを腰掛けさせました。
入所者さんはトイレに間に合わず、オムツの中に便をされていました
彼は入所者の便が手についた事に腹をたて、入所者さんの目の前で「うわっ最悪」と何度も叫びました
入所者さんは、恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔をしました
私は思います。
介護とはそういう仕事だと。便を触る事もあるだろうと。
確かにそのような事を叫ぶ彼は最悪ですが、彼を教育した人に責任があると思うのです。
そう、親の責任です。
自分が働く仕事がどういうものか、考える力。
弱い者を助ける事がどういうものなのか、しっかり教育するのは、親や施設の教育係です。
入所者さんは、好んでオムツの中で用をたすわけではありません。
出来る事なら自力でトイレに行き、人に見られる恥をさらさずに、全てを成し遂げたいはずです。
けれどそれが出来ない。
だから施設に居るのです。
相手を思いやる気持ちがあれば、そんな言葉がでないはずです。
そう、親から人を愛する事を教わらずに育った結果です。
宗教は本来、そういう愛を教えるものです。
善と悪。
しかし、その善を守るために人殺しを行うのは、本当に善でしょうか?
その行いは、本当に神のためでしょうか?
神はそんなものを求めたでしょうか?
答えはNOです。
宗教を利用した国家権力のなれの果てです。
戦争をするのも、貧しい人々、戦争で死ぬのも貧しい人々です。
国はトップは痛くも痒くもないのです。
ここに足りないのも愛です。
人を愛する気持ちを教えてもらわなかった人が国のトップになった結果です。
道徳心はなぜ人々から消え去ろうとしているのでしょうか?
人々はどこへ向かいたいのでしょうか?
ロボットのように、心のない、金のために動く脱け殻になりたいのでしょうか?
世の中は歪んでいます
