たまにしか会わない父が、父の日をめがけてやってきた。
正直子供だったので、気の利いたことはいえないし、他人行儀にしかできなかった。
でもそれなりにうれしかったのは覚えている。
まるでよそのおじさんを気遣うように、よそよそしくしていた。
その日は夕食らしい夕食はなかった。
私と妹だけが、早い時間にどっさりおやつを与えられた。
時間を待っていたみたいに、父が祖父に改めて話し出した。
その日はじめて大人の土下座をみた。
それがこの人との別れだと思った。
私はそれきり二段ベッドの上から降りなかった。
翌朝は気持ち悪いほどふつうにあけた。
父はいなかったが、なんとなく、荷物の様子で帰っていないことはわかった。
それでもいつもどおり出かけるくらいはできるほど、私は子供なりに大人だった。
その間、父と母が何を話していたかはいまだに知らない。
学校帰りに同級生の親が営む小さなお店で、私は白いコーヒーカップを買った。
普段はお金なんて持ち歩いていない。
今朝、祖母の財布からこっそり持ってきた悪いお金だ。
なぜかはしらない。
理由はない、ただ血が騒いだだけだ。
帰り道、友達と別れた後、私は走った。
なぜかはしらない。
理由はない、ただ血が騒いだだけだ。
もう父はいなかった。
さすがにすべてを察した母は、私に謝りながら私を抱きしめた。
母に抱きしめられた記憶はこの時しかない。
思ったよりうまく嘘をついたのもこのときが初めてだ。
「ちがうよ、おじいちゃんに買ったんだよ。」
祖父はコーヒーを全く飲まない人だった。
コーヒーカップを買ったのはこの日が最後だ。
自分用ですら、どこからかもらったものだ。
祖父のことは大好きだ。
当時無理やりこのコップで、牛乳や甘酒を飲んでくれた祖父が今も忘れられない。
私にはもう、血だけの父なんて、本気でいらないと思えるほど、私をあいしてくれた。
・・・・なんてね。
ただ指いいれる穴が小さいから嫌いなのさ。
コーヒーカップにもサイズはいるよ。