五箇山の報恩講さまの『おとき』(料理)は朱塗りの膳で戴きます。そうわ膳と言い、茶人金森宗和が開いた茶道の流派の懐石料理の膳と云う事が判ってきました。宗和は豊臣秀吉のもとで飛騨高山藩を治めた金森長近の嫡子で千利休の弟子として知られています。五箇山は隣の白川郷とともに浄土真宗の信仰心の篤い所でこの両地方の全ての文化の根源とも言えるものです。その昔石山本願寺が墜ちて浄土真宗の東西分立の際の教如上人が利休を囲む弟子仲間の宗和と親しかったことがその名前の謂れだと思われます。報恩講はこの宗派の始祖、親鸞上人の遺徳を偲ぶ東は年末に、西は年始に本山での報恩講が営まれます。どちらも朱塗りの膳です。報恩講の行事が執り行われている所で黒塗りの膳もあります。




