あの日の僕らのように~番外編・揺れる思いその2~ | Someday, Somewhere

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チャンミンは振り返り、ジェジュン両肩を掴んだ。

ジェジュンがエプロンの裾で目の下を拭おうとしている。


「擦ると赤くなりますよ。」

チャンミンは自分の親指の腹で、頬の涙を拭ってやる。まだ目尻には涙が溜まっている。


「ごめん。もう大丈夫だから・・・。」

「嘘をつかなくてもいいですよ。どうしたんですか?」

「お酒を飲んで、ちょっとセンチメンタルになっただけだよ。僕って駄目だな。

…本当に大丈夫だから。もう少しでできるから向こうで待っていて・・・。」

チャンミンは、それ以上追及するのは止めた。食事をしながらそれとなく尋ねてみようと思った。



チャンミンが休みなく箸を動かしている間も、ジェジュンはチビチビと缶ビールを啜り、思い出したようにおかずに箸を伸ばしていた。


「ちゃんと食べないと体を壊しますよ。これ以上ジェジュンが痩せたら、兄さんも心配でしょう。」

「ユノは僕のことを考える余裕なんてないよ。」

ジェジュンは唇を尖らせ、プチトマトを挟んだり離したりしている。

拗ねたジェジュンも可愛い―なんて思う余裕はチャンミンにはなかった。それはジェジュンの心からの叫びのように思えた。


「兄さんはそんなに忙しいのでしょうか?」

「売れっ子建築家だからね。それは喜ばしいことなんだけれど・・・。」

「・・・その顔は、喜んでいる顔じゃないですよ。」

ジェジュンが両膝を抱え顔を埋める。


だから僕は嫌なんだよ。これじゃ嫉妬深い奥さんみたいじゃないか?ユノが望むことに全力を尽くしているのに、それを見守れない僕が情けなくて・・・。」

ジェジュンが5本目のビールに手を伸ばすと、チャンミンが取り上げた。


「おいしくないお酒は悪酔いするからこれ以上は駄目です。」

「え~っ?ケチ・・・」

ジェジュンがトロ~ンとした目で、ちょっと恨めしそうにチャンミンを見る。


「ケチでも何でも駄目です。はい、ちゃんと食べてください。」

チャンミンは料理を箸で挟み、ジェジュンの口の前に差し出した。

ジェジュンはそんなことをされたら断る訳にもいかず渋々口を開けた。そして、自分の一口にしては量が多すぎる一口をモグモグと噛みながら、「自分で食べられるのに・・・」と反論する。でもちょっと嬉しくて顔が綻んでしまう。


「強情はらないでください。甘やかされることに飢えているくせに・・・。」

「そんなことないよ、いつも甘やかしているのは僕の方だもの・・・・。」

「じゃあ、たまには甘えてください。」


結局、ジェジュンは皿にあった料理を全部平らげた。それからビールを飲むことをチャンミンに許され、飲み終わるとソファーに凭れかかり眠ってしまった。


チャンミンがジェジュンを抱え上げると、ジェジュンは頭をチャンミンの胸に擦り付けてきた。

チャンミンはジェジュンを寝室に運び、ベッドの上に横たえた。

条件反射のようにジェジュンが体を横向きに変え、シーツの上を彷徨ったジェジュンの右手が

シーツを握り締める。

チャンミンは、ジェジュンの目尻に溜まった光るものを指で拭い取った。


「兄さんも何をしているんだか・・・・。どうなっても知りませんよ。」

チャンミンは、ジェジュンがこんなに寂しがるのは余程のことなのだろうと思った。

チャンミンには、そんなに長い間、すれ違い、離れていることを受け入れている兄が不思議だった。



チャンミンはいくらジェジュンのことを慕っていても、ジェジュンの心の隙間に入り込もうなんてことは思っていない。長い間、2人を側で見てきたチャンミンには、ジェジュンの心が兄から離れないことを嫌と言うほどわかっている。



翌日、チャンミンは兄のいる設計事務所を訪れた。

ユノが自ら設計し事務所を建てたのは、半年余り前のことだった。


ユノはジェジュンとの家に誰かを入れるのは抵抗があった。それまでは喫茶店や施主の家で打ち合わせをしていたが、依頼が多くなり効率的に仕事をする上で事務所を持った方がいいと判断した。


事務所らしくない、一軒屋のような建物は屋根の傾斜が大きく、屋根の一部の大きな窓を配した特徴的な建物だ。

建物に入って所には、クライアントと打ち合わせをするためのソファーやテーブル、10人ほどが囲むことができる大きな協議机が置かれている。吹き抜けとなっているそこは、天窓から燦々と降り注ぐ陽の光に溢れている。


棚で区切られたその奥と2階が事務所になっていて、ユノの作業スペースは2階だった。

「いらっしゃいませ。」

出迎えたスタッフが挨拶をし、「どうぞ」と2階を指した。


チャンミンが2階に上がるとユノはソファーに横になり、額に右腕を置いていた。

眠っているのかとチャンミンがユノを覗き込めば、ユノが腕を退けて目を開いた。


「チャンミンか?どうした?」

「起きていたんですか・・・」

「ああ・・・、考えに行き詰ったからちょっとリラックスしていただけだ。」

ユノは起き上がり、首と肩のコリを解している。


「寝ているのなら、『家で寝れば』と言うところでした。・・・少しはジェジュンと過ごす時間を作ったらどうですか・・・。」

「ジェジュンが何か言っていたのか?」

「ジェジュンは何も言いません。仕事を頑張っている兄さんには、何も不満も不安を漏らしてはいけないと思っていますから・・・。あの人は自分が辛くても、兄さんには無理してでも笑顔を見せようとするでしょう。そんなことは兄さんだってわかっているでしょう。

昨晩、家に行ったら、ジェジュンは食事も満足にしないでビールを飲んでいました。

いつまで放っておくつもりですか?」


「放っておいた訳じゃない・・・。ここ1月は本当に忙しかったんだ。スタッフに無理をさせている手前、俺が休む訳にはいかないだろう。」

「勿論、兄さんの立場も理解しますよ。父さんの会社とは関係ない形で自分が納得のいく仕事がしたいと、こうして自分の事務所を構えた以上、走り続けるしかないでしょう。

でも、兄さんの家の良さって、住む人に合わせた優しさや温かさでしょう。

そして、その発想の源はジェジュンだったでしょう。ジェジュンと一緒にいたから思ったことやわかったことが、沢山あったでしょう。」


チャンミンは、こんな状態ではユノの設計自体が行き詰るのは当然ではないか・・・と、暗にユノを責めていた。

チャンミンの言っていることが正しいだけに、ユノは何も言い返すことができなかった。


「兄さんだって僕が言わなくても本当はよくわかっているでしょう。」

「・・・」

「早く安心させてあげてください。僕は遠慮なくジェジュンのおいしい料理を食べたいので・・・。」

チャンミンは言いたいことを言うと帰って行った。




いつの間にか忘れていた気持ち―コンクールに出品するためには与えられた課題やテ―マの中で理想を投影したけれど、そこに住む人のことを考えて初めて設計した家は、ユノとジェジュンのための家だった。

ジェジュンのことを、2人で過ごす時間のことを考えながら設計することに、ユノは時間の経つのも忘れて没頭した。依頼されて住宅を設計するようになった頃は、キッチンや家事に関することはジェジュンに意見を聞くことが多かった。


―思い起こせばその時の方が、どんどんいろんなアイデアも浮かんでいたような気がする。

俺は何を焦っていたのだろう。事務所を構えたから頑張らないといけないと意気がって・・・。

苦しみながらで設計しても決していいものにはならないのに・・・。―


ユノは無性にジェジュンに会いたくなった。一度会いたいと思ったら、もう止めることはできなくて、5分後には、ユノはスタッフに「悪いが今日は帰るよ」と言って事務所を飛び出し、家へ帰る途中に白ワインとシャンパンを購入した。

今晩は天気も良さそうだから、夜空を見ながらジェジュンと2人でゆっくり飲みたい気分だった。

そんなことも久しくしていなかったと反省した。


今日は、ジェジュンのピアノ講師の仕事もない日だったので、打ち合わせが無ければ午後は家にいるだろう。玄関を開けるとジェジュンの見慣れた靴があったので、ユノは真っ直ぐ音楽室に向かった。ノックもせずにドアを開けると、ジェジュンがピアノに向かっていた。


突然、ピアノの音が止まった。

「ユノ?こんな時間にどうしたの?」


ユノは答える代わりにジェジュンに歩み寄り、ジェジュンをピアノ椅子から立ち上がらせると両腕で抱き締めた。突然のユノのハグに戸惑ったジェジュンは、体を固くしたまま尋ねる。


「ねえ、ユノ、一体どうしたんだよ。」

「ジェジュンに会いたくなった。ジェジュン切れだよ・・・。」

ユノはジェジュンの頬に頬を寄せた。



その夜―

夕食を終えると、ユノは窓辺に置いた大き目の1人がけのソファーに座り、部屋の灯りはスタンドの灯りだけにして星空観賞をしていた。


そして、ユノの膝の上にはジェジュンが座っている。ジェジュンは体を横向きにして、足を肘置きの上に乗せ、頭をユノの胸に凭れかけていた。
側のテーブルには琥珀色のシャンパンが入ったグラスが2つ置かれている。


「悪かった。自分のことしか見えなくて・・・。」

「ユノは悪くないよ、僕の我儘だから・・・。駄目だな・・・ちょっとユノの声が聞けなくなったり、触れられなくなったりすると、僕の中で何かが壊れてしまった。」

「俺はジェジュンと俺の家を設計したときの気持ちを忘れていた。」


「僕たちってまだまだだね・・・。」

「これから2人で成長すればいいだろう。時間はたくさんあるから・・・。」

「そうだね。」


2人はグラスを手に取り乾杯をした。良く冷えたシャンパンがジェジュンの喉元を落ちる。

2人は見つめ合い、微笑み合い、どちらかともなく唇を寄せた。

短い口づけの後、唇を離したユノがジェジュンの下唇に残るシャンパンを舌で掠め取る。

「これからもよろしく・・・。」

「いつまでも・・・よろしく・・・。」


漆黒の空では、無数の星がまるで2人に微笑みかけるように瞬いていた


<つぶやき>

薔薇の香りはラスト7話になりそうです。ただ今5話を書いているところです。

しばしお待ちください。

薔薇のユンホとあの僕のユノがごちゃごちゃになっていましたので修正しました。





―兄さんの方が、初めにギブアップしそうなのに・・・。―