今日のブログは読まないでいいですよ。

ただ、何かに残るものに書き記したいだけ。
その人を知る人にその人のことを語りたいだけ。

ここに記す意味は、僕の中だけにある。
だから、読まなくてもいい。
読みたければ、読んでもいい。



商売の基本を教えてくれた人
洋服屋の基本を教えてくれた人
親父のような包容力で、子供のような僕を見ていてくれた人。

そんな、僕にとってかけがえのない人が、突然旅立った。

たくさんの恩人の中の大きな1人。
今の僕がいるのは、紛れもなくその人のおかげ。


たった100円の値引き交渉をし、
お互いの腹の中を知り尽くした上での駆け引き。

100円の値引きが成立すれば、
100円儲かったと喜ぶ姿は、
商売にとっての100円の積み重ねの
大切さを教えてくれた。

残った在庫をまとめて安く買ってくれた。

僕が儲けさせれば、必ず僕を儲けさせてくれる。
だから、また、僕はその人を儲けさせようとする。


商談すれば、4時間でも、5時間でも話す。

そんな事の積み重ねが、大きな商売にもなった。

あまりにも老獪なその話し口は、
僕にようなひよっこには、到底太刀打ち出来ない。

あいつと対峙した時の、本気のあの人は、震え上がるほどの商談だった。


アスベストの問題で3つの店を失い、17人の販売員の行く末を案じていた時の落ち込んだ姿は、経営者としての、強い責任感を感じた。

お金にルーズなような雰囲気でありながら、本当はすごくシビアで、本当はすごく責任感が強かった。

自らが店頭に立ち、接客するのが大好きで、その販売力は、世界有数だ。
販売の事に話が及べば、いつまでも楽しそうに話した。
本当に面白くて、勉強になった。
今日だって、無意識にその人の言葉をその人の喋り方で後進たちに伝えた。

他の社長たちに、その人の凄さを伝えた。

まだ、僕が小さい頃から、親父と商売してた。
親父に色々教わったと、自分の子供と変わらない僕に感謝してくれた。

昔の話しをたくさん教えてくれた。
僕が昔の洋服屋の事を知ってるのは、その人のおかげだ。
おかげで、おっさんたちとも話しが出来るようになった。

23歳で独立したらしい。1人で一から城を築き、いまだ健在だ。

ずる賢くて、勘違いされる事もたくさんある。
だけど、とてつもなくいい人だから、最後の最後まで、信用し続けた。

相談すれば、何でも乗ってくれた。
何でもしてくれた。
金がかからないなら、何でもいうていいよ。ただなら何でも協力するけんって、いつも言ってくれた。

商売をすること、少しでも儲けることをいつも考えていた。
それは、みんなを儲けさせたいと思っていたからだし、責任感が強かったから。

子供たちの未来を案じ、たくさん相談してくれた。


最後は迷惑かけたままで離れてしまった。

多くの人が離れても、その人はいまだあそこと付き合っていた。
それは、あそこの会社は僕だけじゃないから。
残った人たちと、変わることなく付き合い続けた。
それは残った人たちが、あの人のことを考えていたから。

絶対に恩を返すつもりだった。
お世話なった、迷惑かけたあの人たち全員に。
その中の1人だ。
絶対に任せるつもりだったのに。
そのつもりだったのに。

それができなくなった。

間に合わなかった。。。

一度も僕の社長じゃなかったのに、社長だけは社長と呼んだ。
僕よりひとつ上のせがれは、社長に比べて、まだまだ未熟かもしれない。

でも、必ず恩返ししようと決めている。
感情的なってるからなんかではない。
ずっと決めていること。

三迫との話しも面白かった。
図々しく、いつも突然現れた。
忙しい時に限ってくるんだ。
でも、いつも相手した。これがまた長い。おかげで深夜残業だ。

酒は飲まない。

ただ一度、カラオケに行った。
息子も娘もビックリしてたな。

それでも、1時間かけて、今治まで帰ってた。
それもスピードだって普通じゃない。

行った事もない商店街の話をたくさん聞いた。
行った時はでっかい商店街をくまなくあるいた。


本当に本当に本当に悲しくて。

文章にもならない。
ただ、書き下した。

思いが溢れ出して仕方ない。

また、加筆することになるだろう。

たくさんの局面で書くここに記したかった。
社長のために、僕のために、書きたかった。

社長に習った商売をずっと続ける。

死ぬほど、尊敬する、大切な人。
59歳。
まだまだ若い。
これで2人目だ。

涙があふれる。
涙があふれる。
涙があふれる。



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