■また、1年以上ほったらかしてしまいましたね…![]()
以前から、強制給仕で暮らしていた老猫のプリンですが、6月24日、13:45にお空に上がっていきました。
静岡に嫁いでから約一年。
嫁ぐときには「おそらく死に目には会えないだろう」と思い覚悟して旅立ったものですが、まるでまた、待ってくれていたように帰省中に逝ってしまいました。
■あまり詳しくはここにも書いていなかったかもしれないので、プリンちゃんの猫生と、患っていた病を最初に。
プリンちゃんは14年ほど前に、地元の情報誌に掲載されていた猫です。
飼い主だったおばあ様が亡くなったので、2匹一緒に…と。
その時すでにいくつだったのかわからないのですが、一緒にきた三毛猫のコロンちゃんは6年ほど前に先に腎臓病で亡くなってしまっています。
今まで「姉妹だろう」と思っていた二匹ですが、もしかしたら、親子だったのかもしれません。
コロンは喘息、プリンは猫風邪。
プリンは特に蓄膿も併発している雰囲気があって、常にあおっぱなが出ている状態でした。
ここ5年程は、くしゃみをして青鼻を飛ばすので壁や仏壇を保護したり、
本人も調子が悪いときは涙目も出ていたりと、猫風邪の具合で言うとかなり酷かったように思います。
リジンを毎日摂取しつつ、抗生物質を手を変え品を変え、マシな日もあったり酷かった日もあったりで騙し騙しやってきた感じです。
家では次亜塩素酸水の加湿器をフル稼働。真下で寝ている時は調子が良かったようにも思えます。
ちょうど2年ほど前に、腎臓の数値が悪くなってきているとのことで、本猫もよほど好きなものでない限りは口につけない状態になりました。
好きなものでも「生きていける量」は食べないため、カリカリを置いて朝だけ給仕…などして、特に調子の悪い梅雨時期~秋口までを乗り切っていました。
1年ほど前には完全に好きなものも口につけなくなり、朝昼晩の強制給仕の生活に切り替え。
それでも2017年の3月の健康診断では、「腎臓はさほど悪くなっていない」との結果を出していました。
週に二回ほど、鼻にレーザーをあてていました。炎症がある部位だと、いくらか楽になるようです。
4月。半ばに喉まで降りた蓄膿の痰が喉に膜を張ったみたいで、給仕後しばらくして呼吸困難になりました。
本人が自分でなんとか乗り越えて、その場はしのいだのですが、今まで給仕していたa/dを一気に食べれなくなりました。
(食べても吐く、尋常じゃないほど嫌がる/おそらく怖がっている?)
なんとか、食べれるものを。ということで、カロリーエースを買ってきて少しずつ給仕。
食べれる日もある、食べれない日もあるということで、この時期からちょっと覚悟を始めました。
ほぼ毎週大阪に戻り、顔をあわせるようにしました。
先日の呼吸困難で脳にダメージがいったらしく、常にピクピクとびくつくことが増えました。
そして、極度の脱水症状が続いてしまったためか、腎臓のダメージが蓄積してしまったからか、4月後半から目が見えにくくなってしまった(完全に見えない日もある)ようで、夜中中鳴いたり、壁にぶつかりながら歩いたりする日が増えました。
脱水を何とかしなければということで、持って帰ることが出来るタイプの点滴を家でうつことに。
毎日点滴するのがデフォルトになりました。
目が見えなくて諦めたのか、トイレを探すそぶりをするものの、必ずクッションを置いた籠の中で粗相するように。
ぼけてしまって勘違いしていたのかも…?
5月初旬にオムツに移行。本人もあまり気にしていないようで、オムツの中でトイレするのに抵抗がなかったみたいです。
腎臓が目に見えて悪くなっているのが分かる程度に、頻尿でした。
呼吸困難の峠を越えたと思いましたので、カロリーエースにa/dを念入りにすりつぶしたものを与えるようになりました。
そうなると、次に大変なのは便です。
もともと3キロ少ししかなかったのですが、5月初旬から6月一週目までは、2.4kg前後をうろうろしていた感じで 細い足で力むのが大変で必然的に便秘を繰り返していました。
きっと、本人はこれが一番大変だったように思います。
それでも3日ごとくらいに出してくれて、サイクルとしては安定していたように思います。
呼吸困難を避けるために、やわらかいティッシュでこまめに拭いたり 温タオルで鼻やのどを温めるようなことをしていました。
一時的に鼻は通るみたいですが、奥の方の痰は切れないので 薬が効いてくれるのを祈るばかりというところでした。
6月2週目、夜中に母から「危ないかも。」と連絡があり、向かうもその時は落ち着いた感じでした。
正しくは、落ち着いた後に到着しただけなのですが。
3週目も「会える間に会えるだけあっておこう」ということで大阪に戻り。
この時体重は2.0キロ。時間の問題なのはわかっていたのですが、3キロ切って何度も生命の危機に瀕しながらも持ちこたえていることにわずかながらに希望も持っていいました。
この体重になると、便をするたびに血流を腸に持って行かれるようで、鼻を垂らして吐きながら出すと母から悲痛な連絡が来ていました。
a/dを入れるとどうしても便は固まってしまう為、カロリーエースだけで柔らかい便になるようにしていました。
母がついに1週間休みを取りました。
本人が楽だろうということで、朝晩の二回にわけて点滴を入れることになりました。
ご飯を食べた後はゆっくり寝る。歩きたい時は歩く…
いつも猫の生命力には驚きしかないのですけれど、プリンちゃんは特に。
褒める言葉しかないくらい。もう鳴きはしなかったけれども、声がする方を見たり、歩いて座りたいところを探したりしていました。
6月4週目。
朝から獣医さんに寄せてもらいました。
鼻の調子の為にレーザーだけはかかさずにということで、行ったのですが、お医者さんで呼吸困難に。
今までも母だけの時でもお医者さんで呼吸困難にはなっていたのですが今回は15分ごとに波があるように発作が続くような感じで。
泡と痰を噴いて呼吸できる喉がとおったらしく、
舌が真っ白になってしまっていたところ、ピンクに戻るまでお医者さんで待ってから帰宅。
瞳孔も3日前から開きっぱなしのようで、いよいよかもしれない、次の発作が着たらもうだめかもしれないと母と話をしました。
13:40、同じ呼吸困難の症状で、今度は戻ってくることが出来ず、13:45にお空に上がりました。
■結構な歳をとっていたとは思いますが、
老衰でも腎臓の症状でもなく、猫風邪蓄膿からくる末期だったとおもいます。
最期が凄惨すぎて、「もっと楽にしてやれる方法はなかったのか」と考えずにはいられません。
うちに来た時すでに患っていたとはいえ 呼吸系の疾患は見るに堪えない辛さがあります。
プリンちゃんに対する介護では後悔はありませんが、悲しい気持ちはもう少しひきづりそうです。
今は一番傍にいて面倒を見ていた母も、体調を崩し始めているのでフォローする側に回ろうと思います。
■次の日、歳いってから冬場によく着せていた服やピンクのお花と一緒にいつもの火葬場で焼いていただきました。
今はもう苦しくはないんだ。とは思いながらも、ごめん、もうちょっとひきづるかも。。![]()






















































腎臓病の給餌

一般的な給餌





