その人が紡ぎだす言葉に、希望を感じます。
魂の美しい部分の羽音のようだとでも形容しましょうか。
言葉を使ったコミニュケーションは、好きではないけれど、記号としてのそれではなくもっと意味のある豊かな心象表現としての言葉なら、嫌いではないかもしれない。
時空を超えてー。
例え目に耳にすることがなくても、触れることがなくとも、響く感覚というものがあると私は思います。
そういったものを想起させてくれる言葉の産出は私の命の水であると、ふと今日感じた次第でした。
キラキラしていきるということは、いかに難しいか。
強く歩むということはいかに辛いことか。
自由に息をするためには、強靭な精神力が必要です。
己で歩むということ。
強い道を選び、独りで進む覚悟を私も持ちたい。