という新語が今年、生まれましたね




クソバイスとは求められてもいないのに自分の価値観や想いをひけらかしたいがためにアドバイスを装って持論をおしつけまくるまさにクソみたいなアドバイスのこと。
(犬山紙子さんのブログより)
だそうです
あ~あるある
ありますよ、ありますよ。ありますよねぇ~
まぁ人生のなかで人様からいただいた言葉はほぼクソバイスですわな
他人からの助言って、自分が尊敬していたり好きだったりしない人から以外のものって、どんなに正しさ100パーセントの意見だろうが、残念ながらクソなわけですよ
はい。
本当に自分が助言がほしいとき…人は馬鹿でないのでちゃんとお願いをします。
アドバイスほしいです、と。
だから、わたしは人から曖昧な悩みをもちかけられてもほとんどサゼッションすることはないですね。
だって、こっちがどーこー頭ひねって親身になって回答したところでおそらく目の前の悩み打ち明け者からしたらクソバイスなわけですよ。
人間なんて自分の感じる想いが大正義なのですから。
だから、恋話だとかまぁ職場の話、夫婦関係etc...
躍起になって、「こうしたらいいよ」とか「こうだよ」とか
ましてや


多くの人が第一義的に重要視するであろう恋愛問題に関しては
「その男とは別れた方がいいよ」
などとは口が裂けてもいえません
(心では、自分の価値観とちがうなぁと、思いますが…)
その友人がそのまま不幸になればいいとか、嫌いとかそんなわけじゃ決して決してありません。
自分が大切だと一度感じた人にはとびきり幸せでいてほしいから。
ただ、その幸せを願う心と、そうであるからといって「こうしたほうがいい」と告げるのは全然イコールではないと思っています。
恋愛で例えるなら、1万人がおかしいといっている異性を愛していたとしても、その恋人を愛している者からしてみれば、まさしくこの世でたった一つの光り輝く北極星
その輝きを他人が奪うなんてありえない。
ましてや部外者が、自分のその陳腐な価値軸で。
「あなたのためを思って」という言葉のいやらしさ。
ちょっと敏感な人なら分かりますよね。そんな言葉、使わない(えない)ですよね。
おまけにちょっといわしてもらえば、
不幸な恋愛や利己的な恋愛をしている人は、クソバイスをしたがる傾向にあります。
人生も仕事も一緒かな?
満たされてない人はまわりも自分と同レベルに不幸でなければ気にくわないみたい。
本当に。
奴等は引きづり降ろすことに一生懸命。自分の不幸具合が全人類の(自分の周りの人の)平均になれば、自分が満たされていないという敗北感から脱却できるのだから…
キリスト教では心の中で思っただけでも罪だというけれど、このシャバではそりゃ思うことを自制するのは無理でしょう。
想いはいつも自由です。神にだってさばけない。
ただ人の人生に、人の想いに、人の行動に口を出したらおしまいです。
それは自分で生み出した不満の塊に心を侵食されたクソゾンビに成り下がった証だからです。
自分の人生を自分で決断して、幸も不幸も受け止める覚悟がないから、人の行動が気になるのでしょう。
いやです。未熟な精神の者たちの餌食となるのなんて。
自分の心の赴くままに生きているとゾンビたちから「あとから後悔するよ
」と私はよくいわれますが、どうでしょう。
別に過去は過去以下でも以上でもなく過ぎ去った日々なだけです。
とりたてて後悔していませんが?
むしろ、あまり過去を振り返ることすらしないのですが、笑。
そのいわゆる「あとから後悔するよ」というのは、おそらく例によってクソゾンビたちが陳腐な自分軸を駆使して想定した結果のさぞかしご立派なクソバイス笑なのでしょうね。
巷にあふれる善人の皮をかぶったいやしいクソゾンビにまきこまれないように気をつけようとおもいます



