今は汗ばむ程の陽気だが、服を脱ぐ程の酷暑でもない。

そこまで考えた後、キッドの思考はプツンと停止した。

口をあんぐり開けたまま、定まらない視線の先には、上半身裸の男性が二人、ほぼ身体を密着させているのだから・・・。





遡ること約2時間前。

早い昼食後、ウトウトとしていたスカーフェイスは、いつの間にか自分の隣のベッドが蛻の殻になっているのに気付いた。

自由に歩き回れる程に快復してからというもの、時間があれば、積極的に歩き回ることにしているスカーフェイスとジェイド。

また歩きまわっているのかと、再びウトウトしようとした時、サイドボードに置いてあった、快気祝いに貰った風呂敷が無くなっていることに気付き、上半身を起こす。

昨日、ある筋から、日本の銘酒、というのを貰っていたモノだった。

今までの生活環境から、彼ら二人は酒を嗜んでいるが、快復直後は、少しばかり量を抑えている最中。

まさか一人で全部呑もう、なんてことはないだろうが、一応気になったのか、庭に出てみる。


庭には、今が見頃とばかりに満開の桜の花々。

その花の木の下に、盃を片手に、桜を見上げながら酒を煽るジェイドの姿。

何故か上半身は裸の状態で、お前何やってんだ、と、盃を取り上げようと近づいてみる。

傍らに置いてある酒瓶の中身は、ほぼ半分程になっている。

だが、ジェイドの顔色は変わらず、桜の花を見上げている最中。

とことんマイペースなジェイドには、俺様ペースのスカーフェイスも、自分のペースに引き込むことは諦め、黙って隣に陣取り、ジェイドの手の内から、盃を取り上げる。

手酌で酒を並々と注ぎ、クイッと飲み込む。

ふわり、と優しい甘い香りとは裏腹に、結構強い酒。

頭上の桜のように、儚げだが、鮮烈な印象。

聞けば、この酒は、桜をテーマに作られたということらしい。

花見にピッタリだ、いつかレーラァにも飲ませたいと、ジェイドは師匠のことを思い出しているかのようだ。

そういえば、ドイツのブロッケン邸には、桜の木も植えられているとのこと。

酒好きの師匠には、丁度良い手土産になるのだろう。

しかし、その師匠も、今の二人を見れば、眉を顰めるか、無表情で、怪我人の癖に、酒が過ぎると小言を漏らすだろうか。

いつの間にか、酒が効いてきたのか、スカーフェイスも上着を脱いでいる。

風はそよそよと吹き、花びらを程よく散らせているが、日当たりがいいので、暑くなってきたのだ。

酒瓶も空になり、そろそろ戻ろうと、立ち上がろうとした時、迂闊にも、バランスを崩してしまい。

気付けば、折り重なるように倒れこんで。

そこに、様子を見に顔を出したキッドと遭遇、となったのだ。


それから毎年、キッドは、桜を見る度に、このことを思い出しては、誰にも言えずに悶々とすることになったとさ。

街中のあちこちで、クリスマスの飾り付けが本格的になってくる十二月。

万太郎は、ウキウキ気分でクリスマスに向けて、いつもに増してテンションが高い日々が続いている。

何せ、凛子ちゃんと過ごせる、という予定が待っているのだ。

本当のところは、凛子ちゃんと、というより、凛子ちゃんの母親のマリさんに、幼稚園のクリスマス会に呼ばれている、ということなのだが、クリスマス会の準備や、その後うまくいけば、二人で過ごせる、などと、色々企む、いや、計画を練っている万太郎。

クリスマス会には、万太郎だけではなく、チームAHOの面々や、チェックメイトやミート君も招待されている。

二人だけになるには、障害は多いだろうけど、そんなことは気にならない万太郎だったり。


土曜日のお昼すぎ、万太郎は凛子ちゃんから突然の呼び出し。

何でも「ママと一緒にケーキの練習で作り過ぎたので」食べに来て欲しいとのこと。

「行く行く!!絶対行くからね~!!」と、ハイテンションで携帯を切った途端、どこからか、聞きつけてきたチームAHOの面々も一緒についてくることになって。

玄関のドアを開けた凛子ちゃんや、一緒に居たたまき達も、いつものメンバーに、

「どこから嗅ぎ付けてきたんだよ~」

と、いつものことだから、と、あきれつつも迎え入れ。

マリさんが、沢山作ったから、皆で食べて、と、ホールごと、一人一人の目の前にドン、と置かれて。

大人数で食べる為に作ったケーキなので、直径が普通のケーキより大きめで、しかも、見栄え良くする為に、二段飾りになっているので、流石の超人達も、タジタジとなってしまう。

でも、女の子達の「頑張って作ったのよ~」的な、何やらヒシヒシと感じてしまう笑顔の前には、食べないわけにもいかない、ここで逃げたら男が廃る、とばかりに、覚悟を決めてケーキに向かい合うことにしたチームAHOの面々だった。

幼稚園の子供向けの飾り付け、ということで、ケーキ以外にも、沢山のデコレーションが施されているケーキ。

クリスマスには世界一気合いを入れている国、といっていいアメリカ出身のキッドが、ジンジャーマンクッキーを食べて、子供の頃に、テキサスで食べたのと一緒だと言っていたり。

誰より真っ先の食べ終わったチェックメイトが、隣のセイウチンやガゼルマンのケーキを狙っていたり。

テンション高めにガツガツ食べていた万太郎がノドに詰まらせかけ、凛子ちゃんに笑われながら水を飲み込んだり。

マリさんはいつもと変わらない優しい笑顔で見守っていたり。


「今年はいつもより賑やかなクリスマスになりそうですわ」

その夜、まだ残っていたケーキをどうしようかと思ったマリさんが、スグルを招待して、今日の出来事を振り返っていた。

まだいくつかあるので、テリーさん達にも渡して下さいね、と、スグルに手渡して。

ケーキの入った箱を抱えて、キン肉ハウスに戻るスグル。

ちょうどテリー達も日本に来ている、明日はケーキ祭りだ、と、綺麗に飾り付けされたデコレーションを傷めないように、丁寧に持ち帰るスグル。

キン肉ハウスに帰ると、万太郎が唸りながら横になって苦しんでいるところだった。

どうやら、凛子ちゃんに「私の作ったケーキが食べられないの?」攻撃に遭い、二段ケーキを3個も食べさせられたのが余程苦しかったらしい。

だが数週間後のクリスマス、万太郎はこの教訓をすっかり忘れ、また同じ目に遭ってしまうのだった。

冬、寒いものは寒い。

そんな中でも、彼ら超人は、今、熱い戦いを繰り広げている真っ最中。

それは・・・

田園調布の某公園内、通称『キン肉ハウス』

中に居るのはミート君、そして、万太郎とキッド・・・ではなく、父スグルとテリー。

息子ではなく、何故この父親ズなのかというと・・・


遡ること一週間前。

再特訓の一環で、ここから近い両国に、HF二期生達が相撲の訓練を受けにやって来たという。

生まれ故郷が主にユーロ圏の彼らは、文化の違いに触れて、相当苦労したが、実のある訓練だったらしい。

心身ともに鍛えられたらしく、良い感触だったと、スグルとテリーは、ロビンから伝え聞いたのだった。

ロビンは、彼らHF二期生が、訓練の後に、相撲部屋で振る舞われたというちゃんこ鍋、というのを美味しそうに食べた、ということを思い出し、

「そういえば、私も今まで鍋、というものを体験したことがない」

早速、マッスル星で、HF講師達の鍋大会が催されたのだ。

ウルフマンが呼び出され、彼ら超人達が満足できるだけの膨大な仕込みを、突然命ぜられて、黙々と作業しているのを、ラーメンマンが手助けして、それでも何時間もかかったのを、彼等はものの半時間もしない内に平らげてしまう程の大盛況だった。

仕上げの麺を啜りながら、まだ食べ足りなさそうにしていたのが、テリーとスグル。

特にテリーやJr達、欧米圏出身の超人達は、箸使いに苦労していた筈だが、食欲が彼等の文化の違いを克服させたのだろう、あっという間になれてしまうと、激しい鍋争奪戦が繰り広げられることに。

たまたま、チラリとその様子を覗いていたクリオネマン曰く「大人げない」らしかったが、食べ物を前にしては、大人げないも何もあったものではない、彼はまだ若いのでそれを悟ってなかったり。


お腹も膨れて満足気なバッファローマンが何気に放った一言。

「これで酒でもありゃあ最高なんだが」

ここレッスル星は、ロビンマスクや超人委員会の計らいで、揃わない食材はない、というほど、食には充実しているものの、施設の目的上、残念ながら、酒も豊富にそろっている、という訳にはいかず。

それに、ここで酒を一献、となると、HF養成所に入っている超人達、にとって、教育上余り好ましくない、となってしまうので、残念ながら、バッファローマンの希望が叶うのは、地球に戻ってから、ということになりそうだ。


そんな不完全燃焼の鍋大会から一週間。

地球へ戻ってきたロビン御一行が、リベンジの鍋大会を決行。

決戦地、もとい、開催場所はキン肉ハウス。

食材・調理器具・酒の三拍子が調達しやすい地域といえば東京。

食文化には殊更に定評のあるこの世界都市が、一番便利、という理由で決まった。

場所はどうするか・・・キン肉ハウスが一番無難だろう、ということで。

いきなり、HFの講師が集団で押し寄せてきて、万太郎は「何事?」という感じで、思わず逃げ出してしまったので。

残ったミート君が、甲斐甲斐しくセッティング&鍋のお世話役を務めることに。

もし、万太郎がここに残って、鍋にありついたとしても、リベンジに燃える御一行の前には、迫力負けさえするかも知れない、というほどに、鍋大会は壮絶な盛り上がりを見せたのだった。

ちなみに、鍋の具の中身をめぐって、これまた鍋にありつくまでに壮絶な駆け引きがあったことも言うまでもないのだが。


鍋+酒というのは、殊更に眠気を誘う組み合わせ、というのは、万国共通みたいで。

テーブルに無事残ったメンツは、いつの間にかテリーとスグルの二名になっていた。

残りの面々は、撃沈したのか、二人の周りで大きなイビキを書いていたり、大の字になっていたり。

テリーとスグルは、あまり酒を飲まなかったのか、今だに意識はハッキリと、鍋の中を漁り合いしている。

ミート君は、具が尽きかけているので、近くのスーパーにひとっ走りしている最中、二人が黙々と、しかし、そこには、見えない心理戦が繰り広げられていた。

ただし、テリーの脳内の中のみで。

目の前には、食べ物を目の前にして、いつもと全く変わらない調子のスグル。

あぁ今日もまた・・・と、悶々と、心の中で涙を流しつつ、残りの肉を漁っているテリーだったり。

いつもの様にトレーニングを欠かさないマシンガンズのコンビ。

トレーニングの後は、ビビンバとナツコが、牛丼を持ってきたり、タオルを差し入れたり、と、お決まりのパターンが繰り返されている。

丹念に体を鍛え上げている彼らにも、そろそろ、空気が冷たくなってきたのを感じさせられる季節が訪れて。

しかも、今日は雨。

11月の雨は、いつもに増して、何かを考えさせられる、そんな雰囲気があるから不思議だ。

なんて、センチメンタルなことを考えていていも、彼等の熱気や、差し入れを持ってきてくれる、元気娘たちを前にすると、熱さを感じさせられるから不思議なもので。

腹ぺこな二人に、今日も、牛丼とタオルの差し入れがやってきた。

今日は、それに加えて、ハンバーガーとアップルパイ付き。

リンゴが美味しい季節になってきたから、ということらしい。

本当は、リンゴフェアをやっていて、ついつい沢山買ってきてしまった、というのは二人には内緒。

女同士の買い物は、ついついノリで沢山買ってしまう、と、元気娘の二人は密かに笑い合う。


押しの強いビビンバとナツコに、多少タジタジなマシンガンズ。

女の方が強い、これは万国共通みたい。

マシンガンズの二人には、女性より、気心の知れたいつもの相棒と一緒に過ごす方が、気楽なのだろう。

ビビンバ、というより、牛丼に夢中になっているスグルを横目に、テリーは、不思議と複雑な気分になってしまう。

11月の雨の雰囲気も、そうさせてしまっているのかも知れない。

だが、そんな考えも、ナツコのパワーに圧倒されてしまうのだったり。

故郷を思い出しながらアップルパイに齧りついて、まさか自分がそんな・・・なんて、ひたすら夢中に食べているテリー。

やっぱり気に入ってくれた、と、嬉しそうにするナツコに笑顔を向け、そうだ、自分は全うなんだ、と、自分に言い聞かせて。

そんな気苦労を知ってか知らずか、スグルは相変わらずのお気楽な雰囲気で牛丼を頬ぱっていたり。

東京、墨田区両国。

朝霧が辺りを包み込む、早朝六時前。

東京23区内の中でも、比較的落ち着いた一角の、とある相撲部屋。

この相撲の町、両国に、FH二期生の中から選抜された彼らが居た。

閑静な住宅街の外の、朝の静けさや清々しさとは無縁な、部屋の中の熱気と、ぶつかり合う激しい音。

そんな部屋の隅に、行儀よく正座した、FH二期生のホープ達。

体格は、ぶつかり稽古をしている力士たちよりも遥かに勝っているが、早朝ということもあってか、オーラは完全に圧倒されている。

主にヨーロッパが出身地の彼らには、正座は厳しいらしい。

一番体格の良いスカーフェイスと、無機質な体質には厳しいらしいデッドシグナルは、早くも姿勢を崩してしまう。

「ホラどうした、気合いが足りん!!」

とばかりに、後ろからウルフマンの激が飛ぶ。

「足の長いオレさまには無理」

とばかりに、早々に胡坐を掻くスカーフェイスの横で、案外涼しい顔のクリオネマンとジェイド。

これも修行のうち、と言わんばかりだが、横のデッドシグナルは、彼等の足の裏をつついたらどうなるんだろう、などと物騒なことを一人考えていた。

それを実行に移してしまうのが、彼らが気心知れているという証でもあったりする。

後に、レッスル星に帰ってからの、悪ふざけが過ぎて反省会、の発端でもあるのだが。

彼等の引率であり、この課外授業を企画、手配したウルフマンが見かねて、

「お前らには我慢のがの字もないのか」

と言わんばかりに、次は実践だ、と、彼等を力士の中へと引っ張り出す。

何をさせられるかと言えば、

「ジャンルは違うといえど、大切なのは体の柔軟性だ」

と、何と股割りの練習だという。

これまた、彼らには大変な試練だ。

周りの力士に混じって、ウルフマンや、一緒に来ているロビンマスク、ラーメンマンは軽々と足を開いていく。

こんな器用なマネ出来るか!!という、二期生達の心の中のツッコミを受け流すかの様に、彼等の背後には、力士が一人ひとりついて、ご丁寧に背中を押してくれる。

二期生選抜、のプライドがあるのか、表情には苦痛を現さなかったのは流石。

課外授業なら、何も相撲じゃなくてもよかったじゃねぇか!!

と、レッスル星への帰り道に、愚痴がこぼれるのも無理はないが。

この課外授業の本当の目的は、相撲の「礼に始まり礼に終わる」を習得することだったのだが。

早朝の、異国の文化の厳しい一面に晒されている彼らには、それを習得する余裕が出来るのはもう少し後になりそうだ。